20*後の祭り-2



 殺気立った緊張感が張り詰め、息を吸うのも怯んでしまいそうになる。

 少し離れた場所からは、他の客の話し声や厨房の音が賑やかに響き、より一層この場の空気が強調される。

 警察が無実の人間に銃を向ける行為自体、絶対あってはならないが、もし仮に茜が発砲した時は、大騒ぎと言う言葉だけでは到底片付けられない事態になる。


「茜さん。銃をしまってください。 話をするのは、それからでもいいでしょう……?」


 茜の気を落ち着かせようと努めて語りかける。


「黙れって言ったでしょ? あたしはこの子に質問してるの」


 しかしそれは逆効果に終わり、茜は拳銃を構え直した。


「意味が分かりません。 空さんが何をしたって言うんですか?」


 すると茜は、今度は永瀬に向けて拳銃を構えた。


「人の話を聞きなさいよ」

「なら先に俺の話を聞いてくださいよ!」

「忘れたの? 黒木さんが捕まる前……最初の容疑者候補は この子だった」


 その言葉に、永瀬は茜の意図を察した。


「だからって、こんな確かめ方は間違ってる! 正気に戻ってください!」

「正気よ。 もし本当に彼女が殺人犯なら、この場にいる人全員が危険だわ。 どんな手を使って殺すか分からないもの」

「だからって―――!」


「―――あの!」


 2人に割って入るように、空が声を上げた。 永瀬たちの視線が一斉にして空に向けられる。

 空は一瞬ビクリと肩を震わせたが、しっかりした口調で話し始めた。


「私が疑われていることは、ずっと分かっていました。 だから、茜さんが私を信用できないことは もっともです」

「空さん……」

「でも! 私は誰も殺してない! 麻美ちゃんや先生のためにも、私はここで止まるわけにはいかないんです!」


 空が言い切ると同時に、外から店員が声を掛けてきた。 茜は素早く拳銃を戻し、席に着いた。 直後に店員が現れ、注文していた飲み物をテーブルに置き、その場を離れた。

 それをきっかけに、張り詰めていた緊張が ほんの僅かに緩んだような気がした。


「……それに、」


 最初に沈黙を破ったのは、空だった。


「黒木さんが、私に約束してくれたんです。 『必ず犯人を捕まえる』って。 ズルい言い方に聞こえるかもしれませんが、黒木さんは、私を信じてくれました」


 それを聞いた永瀬の頭の中では、根拠はないのに「この子に人は殺せない」と納得できる自分がいた。

 そして、永瀬の隣に座る茜は、突然だらしのない唸り声を上げながら 椅子の背にもたれた。


「あ、茜さん……?」

「……信じる」

「え?」


 茜はガバッと起き上がったかと思うと、前のめりになりながら空の顔を凝視した。


「あなたを信じる」


 空は目を大きく見開いて驚いたが、その表情には少し笑みが帯びている。


「黒木さんが そう言ったのなら、あたしが疑う余地はないわ」

「それじゃあ───」

「でも! あなたが事件の関係者であることに変わりはない。 その事実を あたしは忘れないし、あなたも忘れないで」


 再び空の表情が険しくなったが、それでも力強く頷き、真っ直ぐに茜を見た。

 その様子を確認した茜は 満足したのか、椅子に深く座り直した。 永瀬はようやく安堵のため息をついた。


「全く……これ以上、特捜室の問題を増やすような行為はやめてください」

「は? ヨルに言われたくないんだけど…」

「俺がいつそんな行動を取ったって言うんですか?」

「自覚ないって重傷よ?」

「自分のことを言ってるんですか?」


 またいつものように茜との睨み合いが始まるが、すぐにハッと冷静になり、空もこの場にいる事を思い出した。


「すみません。 俺たち、いつもこうなんです」

「ヨルがちょっかい掛けてくるのよ。 嫌でしょ? こんな男」

「えっ!? あ……その、」

「やめてください。 空さん困ってるでしょ」

「困ってるってことは、多少なりとも『嫌』って気持ちがあるのよ」


 痛いところをついてきた茜の言葉に、慌てて空の顔色を窺った。 ……まさか本当に困ったような顔をしているとは思わなかった───


「ち……ちがうんです!」


 慌てた様子で空がフォローし始めた。


「お二人とも、何だか本物の姉弟みたいで、つい見入ってしまいました…」

「そ、そうですか?」

「はい。 茜さんも、お姉ちゃんみたいで……、」


 そう言いかけたところで、空はハッと口元を押さえた。 だが茜は、満更でもないのか、にぃっと口元を歪ませた。

 空は顔を真っ赤にしながら「そっ……そうだ!」と ぎこちなく声を上げた。


「情報共有、しませんか? 早く黒木さんを助けたいですし……」

「空ちゃん正論。 こういうのは普通男がリードしなきゃいけないっていうのに……」


 茜の冷ややかな視線を感じるので、永瀬は仕方なく話を切り出した。


「……では、今各々おのおのが持っている情報を挙げていきましょう」


 黒木と比べれば、出遅れる事になったのかもしれない。 でも永瀬は、信頼できる人たちと共に、ようやくスタートラインに立つ事ができた。

 事件解決と黒木の釈放を胸に誓い、密かに士気を高めていった。






 ・・・******・・・


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