15*助言 - 1
庁舎内の廊下に カツカツとヒール音を響かせながら、茜は小走りで ある場所へと向かっていた。
すれ違う人 全員が
目的の部屋のドアを勢いよく開けると、中にいる捜査員が一斉に振り向いた。 ざわつく人混みを奥へ進むと、唯一落ち着いた様子で鎮座する男────八重崎がいた。
八重崎はジロリと茜を見た。
「何の用だね?」
────聞かなくても分かるくせに!
茜は ついカッとなり、目の前の机をバンッと叩いた。 騒がしかった室内が一気に静まり返った。
「さっきの内線は何?」
「おい! 刑事部長に何て口の利き方をするんだ!?」
横槍を入れてきた男刑事をきつく睨んだ。
「あたしは こいつに質問してんの!」
「だから口の利き方を────!」
「用件を手短に話せ」
ピシャリと言い切った八重崎に怯んだのか、男刑事は大人しく一歩下がった。 それを確認した八重崎は、茜に先を促すよう目で訴えた。
茜は、ゆっくりと、そして大きく息を吸った。
「先程内線で
最後まで言い切った声の端は少し震えていて、心臓が音を立てて動きを速めた。 ここにきて初めて、茜は 自分がこの状況に怯えてるのだと感じた。
だが、逃げる事はしない。 今の特捜室に黒木はいない。 元同僚の三嶋も死んだ。 それでも永瀬は ずっと前を向き、黒木を、そして茜を信じてくれている。 だから茜も、この状況に立ち向かう事ができる。
「これは『用件を手短に話せばいい』ってものじゃない。 仮にも こんな大所帯の捜査本部を仕切ってるんだから、事の経緯を、きちんと、あんたの口から説明しなさいよ。 現場にいる あたしたちは、それを聞く権利がある。 ……いいえ。 そもそも、こっちから聞きに来なきゃならない この状況が間違ってるのよ!」
すると、茜の言葉に被せてくるかのように、八重崎が突然立ち上がった。 今度は八重崎が茜を見下ろす形となり、立場の優位性を見せつけられているかのような気分だ。
ほんの僅かの沈黙があった後、八重崎はゆっくりと茜に歩み寄りながら口を開いた。
「君に伝えられることは、あれが全てだ。 君は特捜室の所属だが、『突然死事件』は担当外だ。 だから、事件に関することを逐一教える必要はない。 君たちの処遇については……そうだな。 追って伝えるとしよう。 今、我々は忙しいんだ。 事件が急展開を迎えたからね」
どこかから嘲笑うような笑い声が聞こえた。 怒りと屈辱で、握った拳がブルブルと震えた。 そんな茜の肩を 八重崎は軽く叩き、まるで独り言でも呟くかのように 言葉を続けた。
「君のその図々しさは、昔の黒木君そっくりだ。 ……ああ、思い出した。 私と黒木君が最後に組んだ事件……あの時の黒木君は、今の君と全く同じことを私に言ったよ。 この際だから教えてあげよう。 君も知っておいた方が────」
パンッ────!!
気づいた時には、八重崎の頬に平手打ちしていた。
「あ、これ懲戒免職だ」と静かに悟ったのは一瞬の出来事であり、その後は 言い表せないほどの怒りの感情で塗りつくされていた。
茜の平手が合図であったかのように、それまで静かだった周囲の捜査員たちが 一斉に茜を取り押さえた。 そのまま引きずられるような形で部屋を投げ出され、目の前で扉が締め切られるのを目にした頃には、若干の冷静さは取り戻せていた。
「……あーあ、やっちゃった」
血の気が多いのは、昔からの悪い癖だ。 事件の総指揮者である八重崎を目の前にして 冷静に話し合える訳がないのだが、まさか ここまでの騒ぎになるとは思ってもみなかった。
結局何の情報も得られなかった上に、自分たちの首をさらに絞めるような事になってしまった。 あまり期待はできないが、永瀬が有益な情報を持って帰ってくるのを待つしかない。
「……てか、女を投げ飛ばすってどういうことよ。 クビになる前に、一発こっちから訴えてやらないと気が済まないわ」
ひとりブツブツと文句を言いながら、廊下に転がったヒールを拾う。 その際に屈めた腰がズキズキと痛み、茜の苛立ちは徐々に募っていく。
「こんな所に痣ができたらどうするの!? 許さない……。あたしに指一本でも触れたやつ、絶対に顔忘れないんだから────」
「おうおう怖い顔。 美人が台無しだぞ」
『美人』という言葉に────ではなく、聞き覚えのある声に反応し、声の主の方を振り向いた。
捜査本部がある大会議室の隣にある物置のような小部屋────そのドアの隙間から顔を覗かせていたのは、何と黒木だった。
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