16*助言 - 2



 予想だにしなかった人物の登場に、茜は思わず指をさして大声を上げた。


「うそー!? なんで黒木さんがここに────!」

「しーっ! 静かに! 捜査本部隣に聞こえちまうだろ」


 茜は自分の口を自分で押さえながら、何度も頷いた。 その様子を確認した黒木は ひと呼吸置いた後、周囲を見回して手招きをした。 茜はそれに素直に従い、誰にも見られていない事を確認した後、静かに部屋に入り込んだ。

 8畳ほどの室内は、長テーブルとパイプ椅子が2脚、そして大量の段ボールが置いてあるだけの殺風景な部屋だった。


「な……んで、ここに……」

「いや~。 隣が急に騒がしくなって、見張りの刑事もいなくなっちまうからさ。 外の様子をちょーっと覗いて見たら、たまたま茜ちゃんがいて────」

「そうじゃないでしょ!」

「え?」


 キョトンとする黒木を余所に、茜は黒木に詰め寄り、胸倉を掴んだ。


「なんで黒木さんがこんなことになってるの!? 重要参考人ってなに!? 何でこうなる前に私たちに何も言ってくれなかったのよ!」

「……あれ? 茜ちゃん怒ってる?」

「当たり前でしょ!? 一体あたしたちがどれだけ心配したと思ってるの!? 勝手に単独行動なんかして! 夏希さんのことだって……!」


 ありったけの文句を言ってやりたいのに、上手く言葉が出てこなかった。 そればかりか、鼻の奥がツンとなり、涙が溢れてしまわないようにギュッと目を瞑った。

 そんな茜の姿を見た黒木は、慌てて茜の背中をさすった。


「あ、茜ちゃん……。俺、女の子を泣かせるのは好きじゃねぇんだけど……」

「ちがうっ……、泣いてなんかない……!」

「あー……そうだよな。 茜ちゃんが言うなら、そうだよなー……」


 何故かその言葉に 一気に緊張が解け、黒木の胸に顔を埋めた。 黒木は、何も言わずに身体をさすってくれた。


 どれくらい経っただろうか。 不意に黒木の温もりが ふっと消え、茜は慌てて顔を上げた。 黒木は茜に背を向け、パイプ椅子にゆっくりと腰を掛けた。


「……茜ちゃん。あまり時間がないんだ」

「え?」

「見張りが戻って来る。 それに……」


 黒木はしばらく何かを考える素振りを見せた後、もう1つの椅子に掛けるように促した。 茜は素直に従って素早く座ると、黒木は躊躇いがちに口を開いた。


「またすぐに次の被害者が出る。 恐らく、2月が終わるまでに」


 予想だにしていなかった言葉に、茜は息を呑んだ。


「犯人が分かったのね?」

「いや……まだ不確定なことがありすぎる。 俺の妄想でしかないかもしれない」

「でも現に黒木さんは、夏希さんが次の被害者になることを読んでいた」

「まぁ……そうだな……」


 すると黒木は、机に置かれていたスーツジャケットのポケットから 手帳とペンを取り出した。 紙に素早く何かを書くと、それを破り取って茜に差し出した。


「……これは?」

「警視庁データサーバーで使う 俺のIDとパスワードだ」

「過去の事件を調べるのね。 それなら私もIDを持ってるから────」

「いや、俺のIDで入ってくれ。 それで、最新の閲覧履歴に残っている事件を洗い直してくれ」

「どういうこと? その事件と『突然死事件』に一体何の関係が────」

「細かく教えてる時間がない。 とにかく頼まれてくれねぇか? 茜ちゃんにしか頼めないんだ」


 黒木は真っ直ぐ鋭い目つきをしていた。 黒木がこういう表情をする時は、おふざけ無しの真剣な時だけだ。

 まだまだ言いたい事も聞きたい事もあるが、茜はメモを受け取った。


「……黒木さんに そう言われちゃ、しょうがないわね。 ヨルと手分けして調べてみるわ」

「……ヨルの様子はどうだ?」

「元気過ぎるわ。 黒木さんが戻って来てくれないと、私だけじゃ面倒見切れない」

「まだ1日も経ってないのに、もうギブアップか?」

「無理なものは無理よ」

「そう言わずに、よろしく頼むよ。 ヨルのこと、しっかり見ておいてくれよな?」

「でも────」

「分かったな?」


 押し切られる形で小さく頷くと、黒木は満足げな表情を浮かべ、「さぁ行った行った!」と茜の退室を促した。


「黒木さん!」


 部屋を出る前に、もう一度黒木の顔を見た。 黒木はまた いつもと変わらない笑みを浮かべていた。


「私たちが絶対に疑いを晴らすから。 それまで待っててよ?」

「分かってるよ」


 半ば強引に扉を閉められると、再び廊下の静寂に身を投げ出された。


「……絶対にやってみせるから」


 扉に向かって静かに告げ、茜は自分の頬を強く叩いた。 ジンジンとした痛みが引ける前に、茜は駆け出した。











 茜を部屋から追い出した後、黒木は再び椅子に座り直した。 その直後、背後でドアが開く音がした。

 「茜が戻って来たのか」と思って振り返ったが、部屋に入って来たのは全く違う人物だった。


「これはこれは。 八重崎刑事部長殿」


 皮肉交じりに敬礼して見せると、八重崎は冷めた表情のまま鼻で笑った。


「君が私に挨拶するとは……どういう風の吹き回しだ?」

「用件は何だ?」


 ピシャリと話を遮ると、八重崎は癇に障ったのか、右の眉をピクリと反応させて見せた。 けれどすぐ元の無表情に戻り、先程まで茜が座っていた椅子に腰を下ろした。


「なに……少しばかり昔話をしに来ただけだ」






 ・・・******・・・


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