14*糸口



 エレベーターを使ってマンションの8階まで上がると、外とは対照的に 静かだった。 エレベーターを降りた正面に階段があり、右側の廊下に出ると各部屋の玄関ドアが奥まで並んでいた。 その廊下のちょうど中間辺りから 警察関係者と思われる人物が絶えず出入りしている。


「……今回の被害者は、永瀬君の元同僚に当たる人なんだよね?」


 唐突に、来栖がぽつりと呟いた。 彼女なりに気を遣ってくれているのかもしれない。

 来栖の優しさに応えるように、永瀬は意識して明るく答えた。


「正確には違うけどね。 三嶋さんが退職された後に、入れ替わるように俺が入ったんだ。 だから俺は、三嶋さんと会ったことも話したこともないよ」

「そっか……。 正直、身内の現場を見るのは、さすがの私でも堪えるからね」

「来栖は三嶋さんと親交はあったの?」

「うーん……。 お互い、顔と名前は知ってるけど……ってレベルかな」

「現場の担当が被ったりはしなかったの?」

「ないね。 向こうは殺人事件は担当してなかったみたいだし」

「え。そうなの?」

「私が知る限りではね。 だから普通の刑事よりは、誰かに恨まれにくいかもしれないね」

「なるほど……」


 国内で起こる殺人・未遂事件の中には、現職の警察官やOBを狙った犯行も少なくはない。 そういった事件での犯人の動機のほとんどが「以前逮捕されたから」など、過去の犯罪の関係者である。

 その為、刑事事件を担当する捜査員が誰かから恨みを買うのは付き物だという。


「……絶対に、犯人の手掛かりになる『何か』を見つけないと」

「うん」


 目的の部屋に入り、奥にあるリビングルームに向かうと、そこは とても殺人現場とは思えないくらいにだった。


「何もないんだね」


 来栖もそれに気づいたらしく、真っ直ぐに三嶋の死体へと歩み寄った。

 奥にあるリビングダイニングを含めると、30畳はありそうな広いリビングだった。 白を基調としたシックなインテリアでまとめられており、まるでモデルルームの見学に来たかのように錯覚させられる。

 大型の壁掛けテレビの向かいには、存在感のある大きなL字のソファがあり、死体はそのソファに横たわっていた。 三嶋のショートヘアから覗く右耳には、シルバーの花のイヤリングがぶら下がっていた。


「また あのイヤリング……」

「確かに、永瀬君が持ってきた物とそっくりだね」


 永瀬と来栖は、静かに手を合わせた。 来栖はすぐに作業バッグからカメラを取り出し、イヤリングに向けて何度もシャッターを切った。


「調べてみないと分かんないけど、絶対同じ物だよ。 それしかない。 だって、こんな偶然ないもん」

「そうだな。 そして、被害者たちの死因に繋がる 唯一の手掛かりだからな」


 来栖はピタリとシャッターを切る手を止め、永瀬の方を見た。


「『唯一の手掛かり』?」

「なに? おかしいこと言った?」

「別におかしくはないけどさぁ……」


 歯切れの悪い物言いに、永瀬は肩をすくめて見せた。


「言ってみてよ。 俺がお前を『不思議ちゃん』って呼んだこと、ある?」

「……ない」

「じゃあ言って?」


 来栖は、何かに悩むような仕草を見せた後、手をクイクイと動かして永瀬を呼び寄せた。 「他の人に聞かれたら不味いのだろうか」と不思議に思いながらも、周囲を確認してから来栖のそばに寄った。


「永瀬君さぁ……」

「うん」

「本当に あのイヤリングが凶器だとしているんだね」


 予想だにしていない言葉に、驚きと疑問を感じた。 そもそも来栖も永瀬同様、このイヤリングを怪しいと睨んでいるのに────


「突然何を言い出すんだよ。 だって前にも来栖が────」

「『スノードロップの呪いかもね』なんて話、したよ。 でもね、普通に考えてあり得ないでしょ?」

「普通に考えてあり得ないからこそ、特捜室俺たちが調べる必要がある」

「じゃあ黒木室長は? イヤリングを凶器だと思ってる?」

「当然だろ。 俺たち2人で担当してる事件であって、捜査の方向性も合致してる」


 そう話しながらも、永瀬は違和感を感じていた。 当たり前の事を話しているはずなのに、自分の言葉に自信が持てなかった。


「じゃあどうして黒木室長は、あんなことになってしまったの?」

「それは……」

「明らかに単独行動だよね。 永瀬君は何も知らないみたいだし」

「お前……何が言いたいんだよ!?」


 周囲にいた捜査官の視線が、一斉に永瀬に集中した。

 咄嗟に我に返り、他の捜査官たちに軽く頭を下げた。 申し訳なさを感じながら来栖に向き直ったが、当の本人は「おっきい声~」などと呑気そうに耳を押さえている。 何だか一気に拍子抜けしてしまう。


「……怒鳴っちゃったのは、ごめん。 でも本当に……来栖は、俺に何を伝えたいの?」

「え!? ほんとに分かんないの? 刑事辞めて鑑識に来る?」


 ────謝らなくても よかったかもしれない


「じゃあ、今言ったことを整理するよ? まず1つ、永瀬君は 今回の事件の凶器が、あのイヤリングだと思ってる。 2、黒木室長は事件とは全く関係ない行動を単独で行った。 3、そして偶然にも新しい事件が起きた」

「……! 黒木さんは、イヤリングとは別の手掛かりを掴んだ。 そして、5人目の被害者が三嶋さんになると知って、止めようとしていた……?」

「私は そういう風に感じたよ」


 次々と色んな事が起きたせいで気づかなかったが、黒木の行動の“意図”をよく考えていれば、来栖の推理は正しいかもしれない。


「よく気づいたな。 お前が刑事課に来ればいいんじゃないか?」

「ぜっっっったいに嫌だ!! 私は、殺死体としか仕事できないもん!」


 「それは警察官として如何なのか?」と思ったが、そんな話を来栖相手にしていたらキリがない事は知っている。

 警察官としての自覚はないが、来栖の言葉に気づかされる事はたくさんあった。


「でも……そうだよな」

「なにが?」

「黒木さんが、人を殺すはずがない。 事件を放り出すはずがない。 一番近くにいた俺が 一番分かってたつもりだったのにな……」

「まあまあ。 そういう日もあるさ」

「ありがとう。 黒木さんが何を知って、何を追っていたのか、調べてみるよ」

「がんばれがんばれ~。 その間に私は死体をいっぱい調べておくから」

「死体だけじゃなくて現場全体調べろよ……。 あと、そのイヤリングも。 頼んだぞ」

「了解した!」






 ・・・******・・・


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