13*turn back - 2



 永瀬が到着した現場マンションは、関係車両や野次馬でごった返しており、騒然とした雰囲気の中にあった。

 人混みをかき分けていくと、何とかマンションの中に入る事ができた。 だが────


「おい、永瀬じゃないか」


 声の方を振り返ると、そこには同じ刑事課の捜査員たちが立っていた。


「お疲れ様です」

「お疲れも何も……お前、何で現場ここにいるんだ?」


 その質問に、永瀬はドキリとした。

 茜には散々言っておきながら、現場に立ち入るための口実など考えてすらいなかった。


「何で……と言われても……」

「特捜室は出禁だよなぁ?」

「確かー、どっかの誰かさんが やらかしたせいで。 な?」

「あれ~? 誰だったかな~? ろくでなしの顔なんて、いちいち覚えてねぇよ!」


 刑事たちは、何がそんなに面白いのか、腹を抱えて楽しそうに笑った。

 こういう時、上手い嘘の一つ二つも出てこない自分を 永瀬は内心恨んだ。 そういった役回りは、いつも話が上手い黒木に任せっきりにしていた。

 だが今、永瀬の隣りに黒木はいない────


「私が呼んだんですよ」


 不意に後ろから肩を叩かれたかと思うと、永瀬の前に 紺色の作業服を着た1人の女性が現れた。 永瀬はその小さな後ろ姿に見覚えがあった。


来栖くるす……さん」

「どうしたの、かしこまっちゃって」


 来栖は永瀬の方を振り返り、肩をすくめながら微笑んだ。

 来栖菜緒くるす なおは、警察学校時代の同期であり、現在は鑑識課に所属している捜査官だ。 警察内で気を許せる貴重な存在の1人であり、例のイヤリングの調査を依頼した相手でもある。 同期ではあるが、年齢は来栖の方が2歳上なので、他の捜査員がいる場では一応年長者として接している。

 彼女が事件現場にいる事は何ら不思議な事ではないが、まるで永瀬を庇うような行動を起こした理由が分からない。 呆然としている永瀬を余所に、来栖は他の刑事たちと楽しそうに談笑し始めた。


「なんだ、来栖ちゃんじゃねぇか」

「も~なんだって何ですか! みなさんと一緒で、お仕事で来たんですよ~!」

「そうかそうか。 でも残念な知らせだ。 今回もの出番はないぜ」

「何でですか?」

「また『突然死事件』だ。 しかも容疑者は永瀬こいつの親分ときた。 もう解決しちまってるんだよ」

「黒木さんは容疑者じゃ────!」


 反論しようとしたが、すぐさま来栖が言葉を被せてきた。


「『突然死事件』だから不思議ちゃんの出番じゃないですか! あ~、やっと生の現場が見れる……!」


 来栖のうっとりした表情に、刑事たちは うっ、と顔を歪めた。


「仕事しに来た……んだよな?」

「? そう言ったじゃないですか」

「そうだよなー……。 くれぐれも公私混同は よしてくれよ?」


 そして刑事は、チラリと永瀬に視線を向けた。


「あと、捜査の邪魔はしないように。 そいつが何かしたら、来栖ちゃんの責任だからな?」

「うえ~……こいつのための責任なんか取りたくないですよ~……」

「呼んだのは来栖ちゃんなんだろ?」

「……はーい」


 来栖は笑顔で敬礼をしながら刑事たちを見送った。 永瀬は、彼らの後ろ姿が見えなくなったのを確認して、来栖にそっと声を掛けた。


「来栖、助かった」

「ん? いいよ別に。 それより早く行こ!」

「え?」

「げ・ん・ば! ついにこの目で 突然死した死体を見れるんだから、新鮮な状態を早く見なきゃでしょ!?」


 嬉々として落ち着かない様子の来栖を見て、呆れたような、緊張が解れたような────


「相変わらずの変人っぷり……」

「変人でも何でもいいから! 早く!」


 先を急ぐ来栖を追いかけるようにして、永瀬はエントランスの奥へと足を踏み出した。






 ・・・******・・・


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