12*turn back - 1



 永瀬が車を走らせていると、スマートフォンから着信の音楽が流れた。 永瀬は、スマホを車に繋げてハンズフリーの状態で電話を出た。


「はい。 永瀬です」

〈ちょっと! 今どこにいるの!?〉


 車中に茜の声がキーンと響き、永瀬は思わず顔をしかめた。


「あの、もう少しボリューム下げれます?」

〈質問に答えてちょうだい〉


 いつもの茜なら冗談交じりで返してきそうだが、ピシャリと注意されてしまった。 只事ではない雰囲気が伝わってくる。


「駅ビルを過ぎた大通りを走ってます」

〈すぐに戻って来て〉

「何かあったんですか?」

「……」


 だが茜は、一向に答える気配がない。 それどころか、かすかに鼻を啜る音が聞こえる。


「ちょっと。 どうしたんですか?」

〈……夏希さんが、〉

「三嶋さんが……何かあったんですか?」


 何とも言えない緊張感から、心臓がドクドクと動きを急かした。


〈夏希さんが……っ、夏希……さんが……!〉

「茜さん。 しっかりして」

〈分かってるわよ……!〉


 茜はゆっくりと息を吐いた後、ポツリと呟いた。


〈夏希さんが、亡くなった〉

「……え?」


 思わず、ハンドルを放しそうになった。

 一体なぜ。 今まさに、黒木が会いに行っているはずなのに────


「黒木さんから連絡があったんですか?」

〈違う。 『突然死事件』の捜査本部から、さっき内線が入ってきたの〉

「捜査本部から? どうしてうちに……」


 信号機が赤に変わり、その間に私用のスマートフォンから黒木の番号に発信した。 だが、呼び出し音が繰り返されるだけだった。


〈黒木さんは、夏希さんの家にいたの。 でも今は、身柄を確保されている〉

「待ってください。 黒木さんに何かあったんですか? 怪我? それとも────」

〈夏希さんの殺害現場にいた疑いが掛けられてるの! しかも特捜室の職務停止を命じられたわ! だから早く戻って来て!〉


 永瀬の言葉を遮るように、茜が早口で捲し立てた。


 ────黒木さんが? あり得ない! 黒木さんが殺人を犯す理由がどこにある? 何でこのタイミングで三嶋さんが殺されたんだ!?


〈ヨル!〉


 茜の叫ぶ声に、永瀬はハッと我に返った。 既に、目の前の信号機は青に変わっている。


「聞こえてます。 だったら尚更、俺は三嶋さんの家に向かいます。 だから茜さんは────」

〈聞こえてないじゃない! 私たちは捜査を禁止されたの! 今から現場に行っても意味ないわ!〉

「行ってみないと分からないじゃないですか」

〈そもそも夏希さんの死は、私たちが担当する事件じゃないかもしれない! 管轄が違うのよ!〉

「黒木さんが関わってるのに、管轄も何もないでしょう?!」


 永瀬が声を荒げると、電話越しに 茜が息を呑んだのが分かった。 しばらくの沈黙の後、茜は投げやりに〈分かったわよ!〉と吐き捨てた。


〈現場は、新宿区にあるツインタワーマンション。 そこの8階に夏希さんは住んでるわ〉

「逆方向じゃないですか……」

〈ヨルはどこに向かおうとしてたのよ……〉

「真逆方面です。 でも、今走ってる所からだと、飛ばせば10分ですよ」

〈法定速度は守ってちょうだい〉

「パトランプって積んでないんですか?」

〈……。 助手席側の収納に入ってる〉


 言われた通り、助手席側のグローブボックスを開けると、見慣れた赤い回転灯が入っていた。


「俺が現場に行ってる間、茜さんは黒木さんの状況について調べておいてください」

〈ヨルに指示されなくても、これからやりますっ〉

「お願いします」


 永瀬は電話を切り、窓を開けてランプを取り付けた。 けたたましいサイレンを響かせながら、車はUターンをして加速した。






 ・・・******・・・


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る