11*遭遇



 程なくして到着したのは、商業街から少し離れた場所にある高層マンション。 来客用の駐車場に車を停め、黒木はエントランスへと向かった。


「どいつもこいつも外車ばっか……。 どれだけ稼げば、こんな車に乗れるんだか……」


 黒木が入ったエントランスは、マンションの裏手側にあるものだったが、こちらも中々のものだった。 壁に飾られた大きな絵画は、まるで美術館の展示品のようだ。 管理人も、どことなく品があるように見えてしまう。


「相変わらず ご立派なマンションだこと」


 1人でぼやく声さえも、ピカピカの壁に反響されてしまい、どうにも肩身が狭い。 手早くオートロックの端末を操作し、ここの住人────黒木の元同僚である三嶋の部屋番号を呼び出す。


「稼ぎがいいとすりゃ旦那の方か? 三嶋にそんな金があるとは思えねえし……」


 こういった場に慣れていないため、どうしようもなく落ち着かない。 早くロックを解除してほしいが、三嶋が応答する気配は一向にない。


「あいつ……。 こうならないように、茜ちゃんに連絡してもらったのに……」


 もう一度呼び出すと、すぐにドアが開く音がした。 「やっと開けたか」と思ったが、そうではなかった。 ドアの向こうからマンションの住人が出てきただけだった。

 黒木は、チラリと管理人の様子を窺った。 すると管理人は、何やら電話中で 運良くこちらを見ていない。


「しょうがねぇよなー」


 その隙を狙って、黒木は閉まりかけたドアをくぐり抜けた。 入って右側のエレベーターホールから、ちょうど1階に停まっていたエレベーターに乗り込んだ。

 三嶋が住む8階で降り、何年も前に訪ねた時の記憶を頼りに、廊下を進み、すぐに見覚えのある場所に辿り着いた。 だが、三嶋が住む部屋の玄関前に、1人の男がしゃがみ込んでいた。

 男は、黒のキャップに黒のパーカー、黒いズボンを身に着けていた。 怪しさ極まりない。


「おい、何してる」


 驚いた様子でこちらを振り返った男の手には、何種類かのピックが握られていた。 空き巣が鍵を開ける際の常套手段だ。


「警察だ! 大人しくしろ!」


 黒木が駆け出したその時、突然男も体勢を変え、黒木に向かって体当たりしてきた。 だが、この程度の接近戦であれば何ら問題ない。


「大人しくしろって言ってるだろうがっ────おらァ!!」


 男の腰元を両手で掴み上げ、そのまま廊下の奥へと投げ飛ばした。 男がそのまま倒れ込んだ隙を狙って、背中の上に馬乗りになろうとした。 その時────


 ────カチャッ


 男は、素早い手つきで ポケットから拳銃を取り出し、黒木の額に銃口を向けた。黒木は反射的に全ての動作を停止した。


「……おい。これはどういうことだ?」


 だが、男は何も答えず、ゆっくりと立ち上がり、右手で銃を構え直した。 ここまで距離が近すぎると、仮に相手が素人だとしても 撃たれる事は確実だろう。 どうにか隙を作って 早く捕まえなければ、マンションの住人に危害が及ぶ。

 すると男は、黒木の身動きが取れない事をいいことに、こちらに銃口を向けたまま 後退りした。 そして、エレベーターがある廊下の角で、素早く姿を消した。


「おい! 待て!」


 急いで男が消えた場所へと駆け寄るが、既に男の姿はなかった。 エレベーターが8階で停まったままの状態を見ると、恐らく階段から逃げたのだろう。

 すぐそばにあった階段を下りるが、誰かが使っている気配がない。 黒木は身を乗り出して下の方を確認するが、それらしき人は見えない。


「くそっ……どこに逃げた」


 すると、遠くでエレベーターが作動する音が聞こえた。


 ────やられた!


 慌てて来た道を戻ると、エレベーターに乗っている男の姿があった。 恐らく、男は階段を下りたのではなく、少し上った所で身を隠し、黒木が階段を下りたところを見計らってエレベーターに乗り込んだのだろう。

 男は黒木の姿を確認した後、ゆっくりとキャップを脱ぎながら深々とお辞儀をした。


「舐めやがって! 逃がさねぇぞ!」


 閉まりかかった扉に手を伸ばす。 だが、あと少しのところで扉は完全に閉まり、エレベーターは降下した。 黒木は、急いで階段を駆け下りた。 間に合わないと頭では分かっているが、銃を持った不審者を野放しにする訳にはいかない。

 ようやく1階へ辿り着いたが、既にエレベーターの中はもぬけの殻だった。 一息つく間もなく、エントランスに隣接する管理人室に乗り込んだ。


「おい! さっき全身黒い格好の男が通らなかったか!?」

「なっ……何なんですか急に。 ご用のある方は、こちらの窓口から────」

「それどころじゃねぇ! 不審な男を見なかったかって聞いてんだ!」


 勢いに任せて 管理人の胸倉を掴んだと同時に、管理人が疑いの目で黒木を見ている事に気づいた。


「いやっ……すまなかった。 でも早くしないと────」


 すると突然、後ろから強い衝撃を受け、黒木は前に倒れた。 すぐに起き上がろうとするが、誰かが黒木に馬乗りになっていて、身動きが全く取れない。


「管理人さん! 大丈夫ですか!? ────おいお前! 大人しくしろ!」

「違う! 俺はただ、話を聞こうとしただけで────!」

「さっき警察に通報した。 観念しろ!」


 どうやら、黒木が管理人に襲いかかっていると勘違いしているらしい。 警察が警察にしょっ引かれるなんて、1日2回もあってたまるか────!






 ・・・*****・・・・


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る