10*過去を問う


「俺の考えが正しければ、今 優先すべきは、お嬢ちゃんの話の方だ」

〈……分かりました。思い出したことは、全てお伝えできるよう努力します〉


 黒木の思いが伝わったのか、聞こえてきた空の声が力強いものに変化した。 それを確認した黒木は、ジャケットのポケットからメモ帳とボールペンを取り出した。


「彼女について、他に知ってることは?」

〈実は、どんな人だったかは分からないんです……。 ただ、麻美ちゃんが大学生になってから よく一緒にいた友達にすごく似てるんです〉


 黒木は、資料に記載されている職業欄を確認した。 そこには、『学生(若葉大学 2年)』と書かれている。 生きていれば、麻美と同学年にあたる年齢だから、空の言う事との辻褄も合う。


〈麻美ちゃんは、私といる時も、その子との出来事をたくさん話していました。 大学でのこととか、一緒に遊んだこととか……〉

「随分と気が合う仲だったみたいだな」

〈それは私も感じてました。 多分、大学の講義も 同じものを一緒に受けていて…………あっ!〉

「どうした?」

〈もし、その子も麻美ちゃんと同じ学部だとしたら……菅原先生の講義も受けてるはずです! 亡くなった2人と知り合いだったって……〉

「それは確かか?」

〈言い切る自信はありませんが……。でも、まさか2人と接点があったって……偶然でしょうか?〉


 ────鋭いことを言うな


「それは今、こっちが調べてる。 他に思い出したことは?」


 けれど空の反応はあまり良くなく、「うーん」「えっと……」と繰り返すだけだった。


「大丈夫だ。 思い出せる範囲でいい」

〈すみません。 私から言い出したことなのに……〉

「お嬢ちゃんからしてみれば、まだ小・中学生くらいの話だろ? 覚えてる方がすごい」

〈確かにそうですね〉


 チラリと時計に目を向けると、既に20分ほど経過していた。 少し急いだ方がいいかもしれない。


「なら、これだけ確認させてくれ。 彼女のその後について、お嬢ちゃんは何か知ってるか?」

〈えっと……多分なんですけど、その子と麻美ちゃん、途中で仲が悪くなったと思うんです〉

「喧嘩でもしたのか?」

〈分かりません。 でも、よっぽどのことがあったんだと思います。 絶交に近いというか……〉

「具体的に いつ頃の話だ?」

〈麻美ちゃんが就活で忙しくなる前だから……多分3年生に上がる頃。 その子の話をパタッと聞かなくなったんです〉

「それに対して、お嬢ちゃんは?」

〈特に何かを聞いたりはしてません。 それ以降もずっと忙しそうで……私と麻美ちゃんが疎遠になったのも その頃です〉


 ────琴音が死んだ時期と重なるな


 すると空が〈あの……〉と遠慮がちに声を上げた。


「なんだ?」

〈今だから分かるんですけど……。黒木さんも あの子のことを知っているってことは、もう既に……〉

「……あぁ」

〈そうなんですね……〉


 そう呟いた空の声は重く、そしてなぜか悲しそうだった。


「まったく……。お嬢ちゃんは頭がいいから、参ってしまうよ」

〈お役に立てませんでしたか?〉

「いいや、十分だ。 わざわざ連絡くれて、ありがとな」

〈私の方こそ、ありがとうございました〉


 じゃあ、と電話を切りかけた時、「あの!」と空に呼び止められた。


「どうした?」

〈麻美ちゃんと先生を殺した犯人……絶対に捕まえてください〉


 不安や悲しみに駆られながらも、力強い想いが伝わる言葉だった。 黒木は、空に対する印象が、少しずつ変わっていくように思えた。


「分かった。 必ず捕まえる」


 強い口調で返した後、ようやく電話を切った。

 すると その直後、コンコンと窓ガラスをノックする音が聞こえた。 見るとそこには、2人の制服警官が立っていた。 黒木は思わずため息を漏らしながらも、窓を開けた。


「すみませーん。 ここ、駐停車禁止です」

「……あ」


 今更ながら、そばにある道路標識が 駐停車禁止を示している事に気づいた。


「あー……。急ぎの電話が来たから停めてただけだ。 ながら運転するよりよっぽどマシだろ」

「でも、規則は規則ですので。 免許証 確認してもいいですか?」


 黒木は後頭部をガシガシと掻きながら、免許証の代わりに警察手帳を見せた。


「停めちまったのは悪かった。 帰ったら自分で申告しておくよ」


 制服警官は、ポカンと口を開け、黒木と警察手帳を交互に見ている。 刑事に交通指導をしていたとは夢にも思っていなかったのだろう。


「それじゃ、ご苦労さん」

「……あ、はい。 お気をつけて……」


 放心状態で敬礼をする2人に見送られ、黒木は車を発進させた。

 時計を見ると、既に出発してから30分以上もの時間が経っていた。 黒木はアクセルをさらに踏み込み、先を急いだ。






 ・・・*****・・・・


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