9*upset - 1



 黒木が特捜室を出て行ってから程なくして、部屋の外から足音が聞こえた。

 もしかして────と思い、永瀬はパッと顔を上げた。 すると、それと同時に 部屋のドアが開いた。 そこにいたのは、同じく特捜室所属の九条茜くじょう あかねだった。


「あ、なんだ。 茜さんか……」

「なんだとは何だ。 なんだとは」


 パッチリとした大きな瞳でジロリと永瀬を睨んだ後、茜は「失礼しちゃうわ」とブツブツ文句を呟きながら、自分の席にドカッと腰を下ろした。 だらんと伸ばされた長い脚は、職業柄 筋肉質ではあるが、女性らしい肉質感もある。 が……


「聞き取り調査って性に合わないのよね。 足が浮腫んでやってらんないわ」


 そう言いながら、履いていたパンプスを蹴るように脱ぎ捨て、女性とは思えない 何ともだらしない声を上げた。 そして、愛用品である孫の手を取り出し、背中をゴリゴリと掻き、さらに だらしない声を上げた。


「……茜さんって、美人の無駄遣いですよね」

「ふふっ……。 ようやくヨルも、あたしの美貌と魅力に気づいたのね」

「『美人』だけに反応するの、やめてもらえます?」

「しょうがないでしょ。 美人なんだから。 ……ねぇねぇ。 それよりヨル、黒木さん知らない?」


 茜はキョロキョロと周囲を見回した。 部屋が狭いから、入って来た時点で気づきそうだが……


「……さっき出て行きましたけど」

「あちゃ~! 間に合わなかったかー……」


 こっちは、ただでさえ黒木の事で気が低迷しているのに、茜は「あの時イケメンに気を取られなければ…!」などと 1人呑気に悶絶している。 何もしていないのに一気に疲れが押し寄せる。


「……ん? 『間に合わなかった』って何ですか?」


 ふと気にかかり、茜の言葉を聞き返した。


「そうなの! エレベーターホールにね。 ちょっと日本人離れした若い男の子がいて────」

「そっちじゃなくて。 黒木さんがどうかしたんですか?」

「そう、それそれ! さっき2人で取り調べやってたんでしょ? その前に黒木さんから『三嶋みしまに、終わったら顔出すって連絡入れといて』って頼まれてたの」

「三嶋って……三嶋夏希みしま なつきさん?」

「そうそう! その三嶋さん」


 三嶋夏希とは、数年前に退職した 黒木の元相棒刑事だ。 永瀬は直接会った事はないが、黒木や茜の会話から、正義感が強くて たくましい女性のイメージがあった。


「でも夏希さん、なかなか電話繋がらなくて……って言いに来たのに。 もう遅いよねー……」


 茜はガクリと肩を落としているが、永瀬は1つ不可解な事があった。


「何で急に三嶋さんに会いに?」

「それはあたしも分かんないよ。 でも、おっきい事件抱えてる時に、黒木さんがわざわざ会いに行くってことは、事件に全く関係ない用事じゃないんじゃない?」


 黒木と夏希は今でも親交があるらしいが、茜の言う通り、わざわざ今会いに行くような状況ではない。


 ────まさか


「茜さん。 車借ります」

「別にいいけど……まさか、今から黒木さん追いかけるの? ……っていうか、あんた夏希さんの住所知らないでしょ」

「鍵、もらいます」

「あ、ちょっと!」


 永瀬は、茜の呼び止めを無視して、コートを片手に 勢いよく部屋を飛び出した。






 ・・・*****・・・・


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