7*1%の誤算
「麻美さんの時も、菅原さんの時も、空さんにはしっかりとしたアリバイがあります。 ……言い出した俺が言うのも変ですけど、空さんはシロですよ」
空の取り調べを終えたあと、永瀬たちは特捜室に戻って来ていた。 他の捜査員は全員外に出ていて、部屋には永瀬と黒木の2人だけだった。
「さっきの……あの女性は誰なんですか? 俺は あんな資料準備した記憶ありませんよ」
「俺が用意したんだよ」
「黒木さんが? いつもみたいに俺に振ってくれればよかったのに…」
「事件に1%でも関わってるって自信がなかったからな」
「でも、そんな情報いつの間に……。 どこで入手したんですか?」
けれど黒木は、永瀬の声などまるで聞こえていないかのように、呑気に缶コーヒーを啜っている。
「何で、俺に隠してたんですか」
「……」
黒木は、沈黙を貫くばかりだった。 これではまるで、隠し事を肯定しているようなものだ。
「黒木さん、菅原さんの遺体を発見した時から変ですよ? やっぱ何かあったんじゃ────」
「違う。 事件とは関係ないこと思い出しただけだ」
ピシャリと言い切る黒木だったが、先ほどから永瀬と目を合わせない。
「何を思い出したんですか?」
「……」
「『事件に関係ないこと』……かぁ……」
「あぁ、そうだ」
「黒木さん、いつも言ってますよね。 『特捜室は、どんな些細なことでも逃さない。 手繰り寄せて、放すな』。 だから俺も、イヤリングに気づいて、真っ先に黒木さんに相談したんです。 それなのに、黒木さんは1人で抱え込むんですか?」
それでもなお、黒木の口は閉ざされたままだった。
「……どうして、相棒の俺にも隠すんですか?」
もしかしたら、黒木の言う事は本当で、事件とは一切関係のない事なのかもしれない。 あの女性の資料も、黒木が掴んだ 小さな手がかりと事件の関係性を確かめたかっただけかもしれない。 けれど、考えれば考えるほど、いつも部下を信じてチームを支える黒木とは異なって見えた。
信頼していた黒木から、裏切られたような気分だ。 子供じみた感情だが、自分の事も信頼してくれていると思っていたからこそ、余計に悔しく、そして悲しい。
すると黒木は、不意に椅子から立ち上がった。 そして、そのまま永瀬に背を向け、部屋を出て行こうとする。
「黒木さん!」
バタンッと閉められた扉の音が、いつもより大きく頭に響いた。
なぜ、何も言ってくれないのか。
なぜ、頼ってくれないのか。
永瀬は何も分からないまま、呆然と立ち尽くした。 だが頭の中では、「この先の捜査をどう進めよう」などと、どこか冷静な思考の自分もいた。
・・・*****・・・・
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