5*comes back



 永瀬たち3人は、大学構内の一番北にある校舎へと向かっていた。


「ここを上った先です!」


 先頭を走る空に続いて、永瀬たちは階段を一気に駆け上がった。 最上階の3階まで上り切るより前に、廊下から騒がしい声が聞こえた。 見ると、廊下の突き当りは、スマホを片手に持つ学生で溢れ返り、奥に進むのが困難な状況となっていた。

 すると黒木は、胸ポケットから警察手帳を取り出し、躊躇ためらいもせずズカズカと進んで行った。


「警察だ! 道を開けろ!」


 さすがの学生たちも、突然の怒鳴り声と黒木の迫力に怯んだのか、素直に道を開けた。 永瀬と空も その後に続き、何とか野次馬を通り抜ける事ができた。


「この部屋です!」


 空が指差した扉には、『菅原研究室』と書かれたプレートが下げられていた。 扉は曇りガラスがはめ込まれていて、中の様子を確認する事ができない。

 黒木が現場捜査用の手袋をはめてドアを押し開くと、部屋の隅に置かれた机に突っ伏している男性の姿があった。 両手がだらんと垂れ、こちらを向いている瞳は大きく見開かれたままだ。


「先生!」

「おい待て!」


 空は黒木の制止を振り切り、男性に駆け寄った。 だがすぐに、肩を震わせながら弱々しく崩れた。 黒木は、慌てて空の肩を抱き、何とか倒れるのを阻止した。


「先生……どうして……」


 空は、唇をわなわなと震わせた。 みるみる顔から血の気が引いていく。

 黒木は、自力で立てなくなった空をゆっくりと歩かせ、部屋の手前にあったソファに座らせた。 その間に永瀬は、男性のそばに歩み寄った。


 年齢は40歳前後。 明らかに今までの被害者たちよりも年齢がだ。

 白衣の胸ポケットにつけられたネームプレートには『理工学部応用化学科 助教 菅原駿太すがわら しゅんた』と書かれていた。彼が「先生」で間違いないだろう。

 念のため首筋に手を当ててみるが、脈は確認できなかった。


「……どうだ?」


 後ろにいた黒木に、首を横に振ってみせた。


「駄目です。 身体も冷え切ってます」


 永瀬の言葉に「そうか」とだけ答えた黒木は、菅原の遺体に近づいた。 すると黒木は突然、何かに驚いたかのように顔を強張らせた。


「どうしました?」

「こいつの顔……」


 ────顔?


 永瀬はもう一度、今度は菅原の顔を覗き込むように確認した。 すると、頭と机の間にある右耳が、炎症を起こしたかのように腫れている事に気づいた。


「あ、本当だ。 何ですかね。 この耳朶のところ」

「は?」

「『は?』って……。 黒木さんが見つけたんでしょ?」


 「ほら、ここです」と永瀬は指差すと、黒木は「あぁ……そうだな」と心許ない声色で呟いた。

 この道20年にもなるベテラン刑事が、ここまで動揺を隠せていないのも珍しい。


「黒木さん、どうしたんですか?」


 永瀬の問いかけに、黒木は一瞬考える素振りを見せてから、首を横に振った。


「いや、何でもない。 前回と同様、耳に何かあるかも と思って見たら、まさか本当に変な痕が見つかるとはな。 『刑事の勘』ってやつに驚いてたんだよ」


 ────嘘だ


 根拠はない。 けれど永瀬は、直感的にそう感じた。

 問いつめようとしたが、黒木は「本部に報告してくる」と携帯電話を取り出し、部屋を出て行ってしまった。

 今、この場で無理に聞き出す必要はない。 後でタイミングをみて聞いてみればいい。


 永瀬は菅原の遺体から離れ、未だ放心状態の空の元へ歩み寄った。


「大丈夫ですか?」

「……はい」


 小さく微笑む空だったが、それは意識して作られたものだと すぐに分かった。 永瀬を見つめる空の瞳が、とても暗かったからだ。

 けれどその色は、悲しみや恐怖だけではなく、何か他の感情も入り混じっているように見えた。






 ・・・*****・・・・


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