4*スノードロップの主 - 2



「鼻の下伸ばすなよ」


 こそっと耳打ちしてきた黒木を無視して、永瀬はトレーをテーブルに置き、黒木の隣に座った。

 すると黒木は、ココアの1つを空に差し出し、もう一方を永瀬に渡した。 今気づいたが、黒木はセルフサービスの水を飲んでいた。


 ────相変わらず 隙のない人だな


 永瀬は素直にココアを受け取り、話を切り出した。


「吉岡麻美さんとの関係について、詳しくお聞きしてもよろしいですか?」


 すると、空の表情が一気に暗いものへと変わった。


「麻美ちゃんは……小さい頃からの幼馴染みでした。 7つ歳が離れてることもあって、本物の妹のように可愛がってくれました。 でも、麻美ちゃんがここ若葉大を卒業してからは、時々メールで連絡を取り合うだけでした」

「麻美さんが亡くなった当日、あなたは彼女と会っていたそうですね」


 この事は、麻美のスマホを解析した結果、判明した事だ。 さらに駅の防犯カメラには、15:42に改札口前で麻美と別れる空の姿が確認された。


「あの日は、麻美ちゃんと4年ぶりに会う約束をしていて、一緒にランチを食べに行きました」

「食事中や食後、麻美さんに何か変わった事は?」

「いえ……普通だったと思います」

「そうですか……。 食事には、麻美さんから誘われたんですか?」

「いえ、私からです。 渡したい物があって……『せっかくだから、麻美ちゃんの職場の近くにできた 新しいレストランに連れて行って』って、私がお願いしたんです」


 空の表情が、一段と重苦しいものに変わった。 「私が誘わなければ」────そんな声が聞こえてきそうだ。


「『渡したい物』とは?」

「……これです」


空は右の人差し指でイヤリングを軽くつついた。


「刑事さんたちは、このイヤリングを見て 私が怪しいと思ったんでしょう?」


 バチッと視線が合い、永瀬は気まずくて視線を逸らしてしまった。 すると、ずっと黙っていた黒木が口を開いた。


「お嬢ちゃんの言う通りだ。 麻美さんの遺体には、お嬢ちゃんのイヤリングそれと全く同じ物がついていた。 彼女の耳にはピアス穴があるのに、わざわざイヤリングをつけるのは不自然だと思った。 普通、ピアスをつける人には、イヤリングじゃなくてピアスを贈るもんじゃないのか?」

「確かに私は、麻美ちゃんがピアスをつける人だと知ってました。 でもピアスって、人の肌を貫通する物でしょう? もし何かあってからじゃ遅いから、普段から安全のためにもイヤリングしか作らないんです」


 空の話に嘘はない。 実際にハンドメイドサイトで調べた時に他の商品も確認したが、ピアスは1つも出品していなかった。


「けど俺たちは元々、麻美さんと最後に会った人物として、お嬢ちゃんのことを調べさせてもらってたんだ」


 ────それは、本人に言っていいのだろうか……?


「正直に言うと、そのイヤリングがお嬢ちゃんの手作りで、他にも似たようなアクセサリーをネットに出品しているのも知ってる。 そのうちの1つを麻美さんにプレゼントしたんだろうって予想もできた。 さらに言うと、あんたが麻美さんに渡す前、イヤリングに何か仕込んでたんじゃないかと疑っている。 ネットと実物じゃあ、が違うらしいからな」


 急に空の身体が強張った事が 目に見えて分かった。

 黒木は自供させようとしているのかもしれないが、ここまで言ってしまわれると、逆に擁護できない。 相手に必要以上に警戒されたら、聞けるものも聞けなくなってしまう。


「私が……麻美ちゃんを殺したって言いたいんですか……?」

「そこまでは言ってねぇよ。ただ────」

「『ただ』……何ですか? そもそも警察は、麻美ちゃんが 私のイヤリングに殺されたとでも言いたいんですか? だからイヤリングを作った私が、殺人犯だということにしたいんですね?」


 震えながらも、徐々にヒートアップしていく空を見て、永瀬は慌てて声を上げた。


「いやっ、違うんです。 飽くまで憶測の話なので……空さんを犯人として見ているという訳では……」


 だが空は、「信じられない……」と 両手で顔を覆ってしまった。 気まずい沈黙が流れる。


 すると、どこからか こもったバイブ音が聞こえた。 それに気づいた空は、目を潤ませながらも、鞄からスマートフォンを取り出した。 着信があったようだ。


「大丈夫ですよ」


 電話に出るよう促すと、空は小声で「……すみません」と断ってから電話に出た。

 その隙をみて、永瀬は堪らず小声で黒木を問い詰めた。


「何で馬鹿正直にバラしちゃうんですか!」

「ヨルも覚えておけ。 女には必ず表と裏の顔がある。 それが暴かれた瞬間を見てみたくなるのが、男の悲しいさがだ」

「ナンパなら他所でやってください」

「これがナンパなら、どう見ても失敗だろ」

「そういう事を言ってるんじゃなくて────」


「────え!?」


 突然、空が何かに驚いたかのように声を上げた。

 永瀬と黒木は、咄嗟に反応して空を見るが、なぜか空も2人の方を見ている。 空はスマホの通話口に手を添え、恐る恐る口を開いた。


「学部の友達からで……。さっき、うちの科の先生が、亡くなってるのが見つかったって……」






 ・・・*****・・・・


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