2*喜ばしくない再会
吉岡麻美が遺体で発見されてから約4時間後、永瀬は黒木とともに、警視庁の庁舎内にある大会議室にいた。
あの後、黒木の予想通り 捜査本部が設立され、『都内突然死事件特別捜査本部』と命名された。 夜遅い時間にもかかわらず、会議室は捜査員で溢れていた。 少なくとも100人はいるように見える。
「想像以上にいますね」
「ボスの身内が
「まるでヤクザだな」と呆れ顔の黒木が見る先には、最前列に座る刑事部長の姿があった。
8年前からその任を務める 八重崎警視正。 20年ほど前には、まだ新米刑事だった黒木とタッグを組んでいた時期があったらしい。 だが永瀬が知る限りでは、黒木は八重崎の事を「
確かに警察は、内部の縄張り争いや面子争いが激しい。 今回の捜査本部設立も、「刑事部長」という立場もあるだろうが、少なからず「2人の子供を亡くした父親」の立場もあるのではないか と永瀬は考えている。
程なくして始まった捜査会議は、4件の事件の情報共有から始まった。
1人目の死者は、
2月7日 8:43。 出勤時間になっても来ない彼女を同僚が心配し、宿舎を訪ねたところ、応答はなく、なぜか玄関の鍵が開いていた。 不審に思った同僚が中に入ると、すぐ目の前の廊下で倒れている絵理奈を発見した。 この時既に、死後10時間が経っていた。
当初、強盗殺人の方向で捜査が進められたが、部屋から盗まれた物はなく、遺体には傷ひとつ残っていなかった。 そのため、何らかの病名がつく突然死だろうと判断された。
ところが、4日後の2月11日 21:07。 2人の男女の遺体が発見された。 それが八重崎の子供だ。
亡くなったのは、兄の
2人は、実家の玄関外で、大輝が千代に覆いかぶさるようにして倒れていた。 千代が背後から襲われた直後、大輝も襲われたのではと考えられた。
だが 2人の遺体にも、外傷や内臓の異常は何もなかった。
そして4人目────吉岡麻美が亡くなったのは、さらに3日後の2月14日 15:53。
麻美は、18歳から都内で1人暮らしをしており、実家とは疎遠になっていた。 家族も含め、彼女のプライベートを知る人物は限定された。
少しでも多くの手がかりを見つけるためにも、まずは彼女の通話履歴や駅の防犯カメラを調べて、死亡前の行動を探る必要がある。
そして、これらの事件には、共通点と呼べるものはほとんどなかった。 現時点で分かっている事は、全員の年齢が20代に限定されている事。 そして、何の前触れもなく即死した という事だけだった。
だが、今日の麻美の事件をきっかけに、麻美と1人目の絵理奈の関係性が浮上した。 彼女らは 同じ中学校の出身で、同級生だったのだ。 ただ、当時2人は同じクラスになった事がなく、在学中も卒業後も、接点は なかったようだ。
各捜査班の報告が終わった後、八重崎はふぅっと息を吐いた。
「情報が少なすぎる。 どんな些細な事でもいい。 何かないのか」
その声色には、普段の冷たい鋭さの他に、若干の焦りが滲んでいた。
永瀬は ふと麻美のピアスの事が頭に浮かび、発言のために手を挙げようとした。 だが、隣にいた黒木が、それを素早く制した。
「……? 黒木さん、情報は多いに越したことは────」
「まだだ。 ヨルのあの推論を話すには、証拠がなさすぎる。 まだ言うべきじゃない」
「でも……」
「────そこ! 何かあるならはっきりしろ!」
進行役の捜査官に指摘され、会議室内はザワザワと騒がしくなった。
黒木はすくっと立ち上がり、軽く頭を下げた。
「すいません。 何もありません」
「……ほう。 そんなことを言うために、よくもまあ堂々としていられるな」
黒木を小馬鹿にするような八重崎の返しに、周囲からは笑いが漏れた。 それに気づいた八重崎は、訂正するかのように軽く手を振った。
「安心しろ。 期待しているんだ。何しろ、特殊犯罪捜査室の晴れ舞台になりそうだからな」
────自分の子供が死んでいるのに……どういう神経をしてるんだ!
永瀬はカッとなって言い返そうとしたが、黒木は「分かりました」と言って素早く席に着いた。
「黒木さん!」
「黙ってろ」
物静かな振舞いとは裏腹に、黒木の三白眼は 八重崎を睨んで放さなかった。
永瀬の胸の奥に、晴れない霧のような黒いモヤが広がった。
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