第1話 バンド活動開始! 待ってくれない、いや待てない
シャユとなった私は、そのまま
「シャユ、ここが練習用スタジオ」
家の隣にある大きな建物に一緒に入る。
「ジェスターってもしかしてお金持ち?」
「いや、親が音楽活動してるから、ほら」
音楽コンテストのトロフィーや数十枚のCDが飾ってある。
音楽一家なんだ……。別世界の住人みたい。
練習用スタジオを進みながら、ここがロビー、こっちがトイレ、などと案内してくれる。
「ここがシャユの個人部屋ね」
案内されたのは2階の角部屋。ドアの先に入ると、キーボードと机が置いてあった。
「自由に使っていいから」
「でも、申し訳ないよ……」
「何言ってんの。大切なメンバーなんだから遠慮せずに使って」
ジェスターはそう言って私の背中を押した。
「ありがとう」
よく見ると、キーボードの上に何枚か楽譜が置いてある。それを見て素朴な疑問が湧き上がった。
「ねぇ、ジェスター」
「何?」
「いままで曲なかったんだよね? どうやって活動してきたの?」
そう、いままで誰が歌詞を書いていたのか気になってしまったのだ。
「いままでインストゥルメンタルだったんだ」
「え?」
「作詞できる人が居なくて歌がなかったんだよ」
そうジェスターは少し悲しそうな顔で言った。その顔からは歌が書けない悔しさが滲み出ている気がした。
正直初めて見る顔に驚いたし、どう声をかけたらいいかわからなかった。
「聞いてみる?」
沈黙をジェスターの言葉が救った。
「うん」
「こっちきて」
私の部屋から出て、違う部屋に案内される。中に入るとパソコンが囲むようにたくさん。
「ここで曲作りをしているんだ。それでこれが最近音楽投稿サイトにあげた曲」
そう言って再生ボタンを押した。
画面には仮面を被った3人が映っている。
ギターソロから始まる静かな曲かと思いきや、ベースの低音が入り込んできて、それを荒らすようにドラムがシンバルを鳴らした途端、一瞬曲が止まる。
私は思わず息を飲んだ。
その一瞬が終わった時、鳥肌が一気に立つほどの疾走感に包み込まれる。荒いような、でも丁寧な音が一つ一つを作り上げているのだ。
それはまるで激しく、けど静かに涙を流しているよう。
投稿曲の4分は、私にとって過去最速の4分で、あっという間に虜にされる。
「すごい、すごいね!」
語彙力がなくなるほど凄かった。
「ありがとう。まあこんな感じに仕上げるからシャユは自由に歌詞書いてくれればいいよ。今日はもう帰るの?」
「ううん、今のでちょっと書きたい思いができたから」
「そうなの? じゃあそこのノートパソコン持ってって書いて」
「わかった!」
「何かあったらこの部屋の隣が俺の部屋だから」
「はーい」
私はノートパソコンを部屋に持ち込んだのを最後に、3時間は部屋から出なかった。
曲名『Show Of Strength』
書き上がったものは1曲分の文字列だった。
歌いたい、という感情を偽って、言葉を乗せずに活動してきた〝clown〟の、
あははっ。
私は出来たての歌詞に笑いかけた。だって確証がないのに書いちゃったから、それに例えそうだったとしてもエゴだから。
認められたい、歌がなくても活動できることを証明したい。歌がない音楽を提供するという強い意志表明には、隠された不安もある気がした。なんて、本当に気がしただけかもしれないんだけど。
でもジェスターはプライドが高いと思う。両親の活動や業績もプレッシャーだと思うし、何よりも止まってられなかったのかなって。だから出来ること、インストゥルメンタルの曲で活動してたのかなって。
そんな考察をしながら私はジェスターに歌詞を見せに行く。が、しかしジェスターの部屋の前には張り紙が1枚。
『1階にいます』
私はその紙の通りに下に向かうと、そこには私が想像もしていないことが待っていた……!
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