第8話:竜殺しのザドス(レフィ視点)


 Cランクダンジョン〝骨啄峠ほねばみとうげ〟――鎖骨広場。


 骨がいたるところで朽ちている広場を、レフィ率いる【疾風の槍】が進んでいく。


 この辺りはまだ魔物の数も少なく、キャンプ地の設営にうってつけの場所だった。殆どのパーティはまずここにキャンプを設営し荷解きを行い、本格的なダンジョンダイブの準備を行う。


「……妙ね」

「どうしたんすか姐さん」


 レフィががらんとした広場の周囲を見て、考え込む。


 広場と呼ばれるだけあり、そこはそれなりに広く、十数パーティがキャンプしても場所が余るぐらいだ。


 なのに。


「私達以外がいないなんて……そんなことありえる?」


 広場には誰もいなかった。キャンプをした痕は残っているが、レフィの見立てでは数日は過ぎている、つまり、ここ数日、誰もここでキャンプをしていないことになる。


「Cランク冒険者にとってはここが一番稼ぎが良いから、いっつも場所の取り合いなのに……」

「たまたまじゃないですか?」


 パーティメンバーがそう言うも、レフィはキャンプの設営を行おうとしていた仲間へと止めるように指示した。


「少し危険だけど……もう少し先の〝頸椎街道〟の脇道に行きましょう」

「ここの方が安全ですよ?」

「分かってる。でも……なんだか嫌な予感がする」


 根拠はない。だが、レフィはその勘に従うことにした。


 彼女は気付いていないが、鎖骨広場を見下ろす位置にある、岩山の上にいた影が舌打ちをし去っていった。


「行きましょう。私は前、レリーは後ろを警戒して。ケールは警戒魔術をもう張っていいわ」


 レフィがメンバーへと指示を出しながら、冒険者のいないダンジョンを進んでいく。ときおり、出てくるスケルトン種と呼ばれる、骨を組み合わせたような魔物達を危うげなく撃破しつつ、レフィは自分の直感が正しいことを確信する。


「やっぱり……誰もいないなんて妙だわ。それに魔物もなぜか少ないわね」

「ですねえ。もうちょい、人も魔物もいるはずです。これだけ静かだと……逆に不気味ですね」


 剣士のレリーがそれに同意しながら、周囲を警戒する。

 

 その時――東の方角で、甲高い音が鳴り響いた。


「っ! あれは……救難信号?」


 曇天へと高く伸びる狼煙と、ゆっくりと落ちる赤い光。それは冒険者なら誰もが持っている【救援筒フレアガン】による、救難の合図だ。


「あっちは……肋骨回廊っすね。どうします?」

「助けにいきましょう。それが冒険者の義務だもの」

「姐さんならそう言うと思いましたよ。そこの洞窟を使いましょう」


 レフィが頷くと、魔物が入ってきにくい小さな洞窟にメンバーと荷物を残し、自身とレリー、そして魔術師であるケールだけを連れて、東へと向かう。


「肌がピリピリするわ」

「俺もです」

「警戒魔術には何も引っかかりませんし魔物はいないはずですが……なんでしょうね」

「何事もないなら、良いのよ」


 このダンジョンの東に位置する肋骨回廊は、広大な空間だった。頭上を、巨大な魔物の肋骨がまるで屋根のように覆っており、地面からも骨が無数に飛び出ている。ここでしか採掘出来ない鉱石があり、冒険者達の間では有名な採掘スポットなのだが……


「っ! いたわ!」


 その回廊の中央部で、一人の男が倒れていた。見れば怪我しているようで、血溜まりができている。


「大丈夫!?」


 駆け寄ったレフィがそう声を掛けたのは、冴えない顔の冒険者だった。手には短槍を握っており、その顔は青ざめていて呼吸も荒い。


「ううう……くそおお……痛ええよおおお」

「すぐに、救援士のところに連れていくわ!」


 レフィがその男を担ごうと手を伸ばす。


「ザドスさんもひでえよなあ……」

「え?」

「本当に刺すことなんてないのによおおおおお!! 全部ぜんぶ……お前のせいだあああああ」


 男がまるでバネ仕掛けの人形のように急に起きあがると、短槍をレフィへと放つ。


「くっ!!」


 咄嗟に身体を捻ってそれを躱そうとするも、槍はレフィの脇腹を抉った。


「ぎゃははは!! 死ねク――」


 男は言葉の途中で、カウンター気味に打たれたレフィの槍に頭を突かれ、絶命。


「何……で!」


 倒れそうになったレフィが、槍を地面についてなんとか体勢を立て直した。


「姐さん! 大丈夫ですか!?」

「くそ、なんでこいつ!」

「みんな後ろ!」


 レフィが鋭い声を出すも――


「かはは……遅えよ」


 そんな声と共に剣が振り払われた。


「ぎゃっ!」

「ぐわ!」


 背中を斬られたレリーとケールが地面に倒れる。


「久しぶりだなあ……レフィ? だっけか」


 大剣を血払いをするのは、竜の鱗が張り付いた鎧を着た男――


「これは全部……お前の仕業ね……ザドス!」

「いやいや、お前が悪いんだぜ? 素直に鎖骨広場でキャンプしてりゃあ、それで済んだのに。あーあ、お前のせいで俺の可愛い部下が死んじまった」


 レフィはその言葉でようやく、何が起きているか気付いた。こいつは……部下を刺して、自分達をおびき出す為に救難信号を打たせたのだ。


 いつ魔物が出るか分からないこの場所で、部下にわざと怪我を負わせるなんて……冒険者としてあるまじき行為だ。


「お前は……! どこまで外道なんだ!」

「褒めるなよ。高ランク冒険者なんて多かれ少なかれ、そういうもんだ。さてと……聞きたいことがあるんだが、何か分かるよなあ?」

「……知るか!」


 レフィが渾身の力で地面を蹴って、槍を突き出す。しかし、脇腹に走る激痛がその動きを鈍らせる。


「遅え」


 ザドスが大剣を跳ね上げると、あっけなく槍が切断された。更に踏み込むと、蹴りをレフィの脇腹へと放つ。


「ぐぅ……」


 傷口を抉るようなその蹴りを食らって、レフィが気絶しかけるも気力で、なんとか意識を保つ。しかし、既に立っていられるほどの力もなく、膝が地面についてしまう。


 折れた槍で地面に立てて何とか体重を支えるが、今にも倒れそうだ。


 目の前には、背中を斬られたレリーとケールが倒れている。まだ胸が少し上下しているので死んでいないのが分かる。


「ううう……レリー……ケール」

「殺しちゃいねえよ……まだな。さて。お前が素直に答えれば全員生かして帰してやる。お前が拒否するたびに一人ずつ殺していく。まずはこの剣士からだ」

「や、やめろ……」


 ザドスが大剣の刃を地面に向けると、ケールの首の上で止めた。


「答えろ。グレアとあの男の居場所だ」

「目的は……なんだ」


 レフィがそう言いながら、手を腰のポーチへと伸ばした。その中には、シールスから預かった手投げ式の魔封弾が入っていた。


「あん? そんなの……復讐に決まっているだろ! この火傷の痕がよ、疼くんだよ……あいつらを殺したいとなあ!」

「……グレア達はもう冒険者じゃない。冒険者が一般人に手を出したらどうなるか分かっているのか!?」

「バレないようにやる方法はいくらでもある。その心配はしなくてもいいさ。だからさっさと答えろ。おっと、それ以上、手を動かすな」


 ポーチを開けようとしていたレフィが悔しそうに手を止めた。


「どうした? あと五秒以内に答えないとこいつを殺すぞ?」


 諦めたレフィが口を開こうとしたその時。


 彼女は思わず目を見開いてしまった。そして目を閉じると……こう答えた。


「あいつらの居場所なら教えてやるさザドス」

「どこだ?」

「お前の……後ろだよ!」

「っ!!」


 ザドスが背後へと振り向いた瞬間。


 何か小さな物体が飛んできているのを視認した。そしてその向こうに立つ――人影も。


 それは――彼が良く知る人物だった。


「グレアああああああああ!!」

「――【解放リリース】!」


 人影――グレアのその言葉と共に、飛んできていた物体から膨大な風が生じた。


 それは地面の骨の欠片と砂を舞い上げ、擬似的な砂嵐を巻き起こす。


「あいつがタイミングを計って魔術を使っただと!?」

 

 顔を思わず庇ってしまうザドスだったが、その隙に、違う影がレフィの下へと駆け寄った。


「……大丈夫かレフィ。すまん……遅れた」

「こんなところに届けにくるとか……商人失格だよ」


 そうレフィが笑いかけたのは黒髪の冴えない男性――シールスだった。


「救援士がじきにやってくる。だけど、その前にやることがある」

「あはは……完成したんだね……それ。良かった」

「ああ。あとは――任せろ」


 立ち上がったシールスがポーチから魔封弾を取り出し、徐々に弱まっていく風の中にいるザドスを睨み付けた。


「グレアだけじゃない。レフィまで傷付けたお前を……絶対に許さねえぞザドス!!」


 シールスとグレア対ザドスの戦いが始まる。

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