第7話:魔導銃



 その遺跡はガドランの街から遙か西方に位置する荒野と砂漠の間にあった。


「ふあ……何だか寂しいところですね。それにこの、【転移陣】って何度使っても慣れません」

「変な奴だな。あれだけ魔術使えるのに……。うっし、〝骨啄峠ほねばみとうげ〟はこの遺跡から出てすぐだ。きっとレフィ達にも追い付けるぞ」


 そんな会話をしながら、俺とグレアが遺跡の中にある【転移陣】から外へと出る。


 【転移陣】は世界各地にあり、ダンジョンの近くにはなぜか必ずあった。ゆえに、その【転移陣】へと繋がる【大転移陣】があるガドランが冒険者の街になるのも無理はない。なんせ、竜車を使って三ヶ月のところを、十分もかからずにいけるのだから、そりゃあ使わない手はない。


「早く、これ届けましょ」


 グレアが小包を大事に胸に抱えている。


「ああ。ったく、ジャンの野郎、二日で仕上げるとか言ってたくせに、結局三日掛けやがって」


 そう。ようやく完成した魔導具の試作品はしかし、結果として三日以上掛かってしまった。


「……店長があれこれ後から注文増やしたからでしょー? 」


 むー、と顔をしかめるグレアを見て、俺は苦笑する。


「それは否定できないな。まあとにかくレフィも着いた初日にいきなりダイブするような馬鹿じゃない。おそらくダンジョン入口付近でまずは拠点を設営しているはずだ。それに投げるタイプも渡してあるからな」

「急ぎましょう!」

「お、おい、走るな! 転け……ない?」


 グレアがタタターっと駆けていくが、その足取りは軽い。


 そういえば最近、グレアは転けなくなったな。


 なんでだ?


「ふふふ、いつまでもズッコケグレアとは呼ばせませんよ!」

「誰も呼んでねえよ。つうかお前、走っていく方向逆だ!」

「はえ? あはは……」


 俺は戻ってきたグレアにため息をつくと、反対方向のダンジョン入口へと向かう。


「早く、使ってみたいですねえ」


 グレアがうずうずしながら、小包を揺らした。


「結局試し撃ちもせずに持ってきたからな。まあジャンは間違いなく動くと言っていたから問題ないだろうさ」

「信じましょう! あ、ところで店長。あたし達って冒険者じゃないですけど、ダンジョンって入れるのですか?」

「ん? ああ、まあそれは昔取った杵柄でな。元冒険者は、現役冒険者の推薦があれば一応ダンジョンには出入りできるんだよ。俺も時々素材やらなんやらを採取するために、ダンジョンに潜るからレフィに推薦状を書いてもらってるんだ」

「あー、なるほど」

「ま、そもそも、ダンジョンの管理は雑だからな……別に入口で冒険者かどうかなんて一々確認されない。ギルド側の人間がいる方が稀だよ。ギルドの救援士は側で待機しているが、あいつらは別にそんなことはやらないしな」

「ふむふむ……では店長――あれは?」


 グレアが遺跡の向こうにそびえる二つの大きな岩山の間にある、骨で出来た門を指差した。その先こそCランクダンジョン〝骨啄峠ほねばみとうげ〟になるのだが――


 門の前には、数人の冒険者らしき姿の男達が行く手を塞ぐかのように立っている。


「ああ、マズいな……」

「げっ……」


 その男達に、俺は見覚えがあった。そして当然のようにグレアにもあったようだ。


 そりゃあそうだ。だってあいつら――


「っ!! おい!! あれ! グレアとあの胡椒投げ野郎だ!!」

「なんでここに!? すぐにボスに報せ……いや俺らで取っ捕まえるぞ!!」


 全員、グレアが元いたAランクパーティ【紅蓮の竜牙】のメンバーだったからだ。


「なんで、こんなところにいるんだよ!?」

「どどどど、どうしますか!? 禁忌魔術をぶっ放しますか!? あ、三日掛かるんだった!」

「知ってるよ! 言っとくが俺は剣も魔術もからきしだぞ! あの時は不意打ちだから何とかなったが!」


 やばい、想定外だ。まさかこんなところで出会うとは。


 周りには、石やら骨やらしか落ちていない。相手は武装したAランクパーティの冒険者だ。


 どう考えても勝てないが、逃げ場もない。【転移陣】は使うのに一定時間魔力を注入する必要があるから街に戻ることも出来ない。


「えっと……これってピンチなのでは?」


 捕まったら、ろくでもない目に遭うに決まっている。それに、凄く嫌な予感がする。Aランクのザドス達がわざわざランクの低いこのダンジョンに来る理由が分からない。Aランクであればもっと稼げるダンジョンは山ほどある。


 となればこのタイミング、そして入口を封鎖しているかのような様子から考えて……


「……レフィ達が危ない」

「え? レフィ姉様が?」


 俺の言葉にグレアが焦ったような表情を浮かべた。


「……ちっ、そうか。俺らが見付からないから……ダンジョン内でレフィを襲って吐かせようって考えだな!」

「え、でも冒険者同士の争いは駄目だって……」

「あくまで街の中の話だ。ダンジョン内はいわば無法地帯。冒険者がダンジョン内で死んでも、それが冒険者による殺人か、魔物の仕業かなんて気にするやつはいないんだ」

「っ! だったらすぐに助けを呼ばないと!」

「……時間がなさすぎる。間に合わないかもしれない……もし既に遭遇していたら一大事だし、そうでないならすぐに報せないと」

「だったら……店長! これ、使いましょ。これなら……切り抜けられる」


 そう言って、グレアが小包を開けた。


「……いきなり人に向けるのはあまり嬉しくないが、仕方ない」

「――任せてください! 直接は当てません!」


 迫る冒険者達へと、グレアが向けたのは、【救援筒フレアガン】を一回りほどコンパクトにした形の魔導具だ。その筒と握りの間には丸く、蜂の巣のような穴の空いた部品――弾倉が取り付けてあり、そこには俺がスキルで魔術を保存した物――【魔封弾】が込められている。


 それは、特に希少で世界に数個しかないとされる――〝銃〟という魔導具に機能や形が良く似ていることから、こう名付けた。


「魔封弾を導く銃――【魔導銃】の初お披露目だ、派手にやれグレア!」

「言われなくても!」


 グレアが魔封弾の込められた弾倉を回して撃つ弾を選ぶと、狙いを定めて引き金を引いた。彼女の魔力によって、保存状態が解かれた【魔封弾】が、元の魔術へと戻る際に発生する膨大な魔力を推進力に変え、魔術が銃身を通って発射される。


 銃口から放たれたのは、雷の尾を引く雷弾――【パラライズボール】。それは雷属性の中級魔術であり、威力はほとんどないが、相手を痺れさせしばらく行動不能にする、妨害系の魔術だ。


「っ、馬鹿な、あの魔女が魔術をこのタイミングで使っただと!?」


 冒険者達が驚くも、もう遅い。


 グレアのスキルによって範囲と威力が極限まで上がった【パラライズボール】は本来の十数倍の範囲で雷をまき散らした。


「ぎゃあああああ!!」


 悲鳴が上がり、冒険者達がピクピクと痙攣しながら地面へと倒れる。


「やった!」

「行くぞグレア!」


 俺は喜ぶグレアを引っ張って、倒れた冒険者達を乗り越えていく。まあしばらくは起き上がれないだろうが、この辺りに魔物はいないから平気だろう。


「凄い……自分の好きなタイミングで魔術が使えるなんて……これやっぱり凄いですよ店長!!」

「喜ぶのは後だ! レフィ達を探すぞ!」

「はい! 魔術師グレアの力、見せてあげますよ!」


 こうして俺達は不気味な骨の門を越えて――Cランクダンジョン〝骨啄峠ほねばみとうげ〟へと足を踏み入れたのだった。

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