第6話:鍛冶屋のジャン


 鍛冶屋通り――裏路地。


「こんにちは~…………って誰もいないのでは?」


 そこは小さな工房だった。だが入口から入ってグレアが挨拶するも、返事はない。


「いや、多分裏の鍛冶場にいる。昔から商売っ気のない奴なんだ」


 俺はそう言って、無造作に武器やら鎧が置かれている入口から奥へと入っていく。


「鍛冶職人って……なんか気難しそうなイメージですけど……何を頼む気ですか? あれから店長、何も話してくれないですし」

「ふふふ……いや、まだ可能かどうか分からないからな。それを確かめにここに来たんだ」


 俺の中では上手く使う為のイメージは出来ていた。

 

 それが可能であれば、魔力さえあれば誰でも使えて、かつ狙いも定めやすい。つまり、問題点を全てクリアできる。


「よお、ジャン。相変わらず寂れてるな」


 俺は鍛冶場で、鉄を打つ一人の黒髪の男――この鍛冶工房の主人であるジャンの背へと声を掛ける。


「ちっ、お前かシールス。お前がいるとただでさえ悪い景気がさらに悪くなるから帰れ」


 おーおー、いつも通り口が悪い。


「むー、なんですかこの失礼な人は!」


 グレアがプリプリ怒っていると、ジャンが見たことないほどの機敏な動きで振り返った。


「お……おおおおお女!?」


 顔が真っ赤になったジャンが、視線を俺とグレアの胸元の間を彷徨わせていた。


「ななななん、なんでお前がレフィ以外の女と!」

「店長の店で働いているグレアでーす!」


 グレアが元気よく挨拶する。胸が揺れて、ジャンの視線がそこにくぎ付けになった。


「あ……あの零細店で店子? だ、騙されてないか? なんか弱味を握られているのか? お、俺が相談に乗るぞグレアちゃん!?」

「おい」


 ジャンの様子がいつもと違いすぎる。いつもはぶっきらぼうで口が悪い職人気質な奴なのに……なんだか初恋相手と初めてデートをする少年のような反応だ。


「しかし……こんな子連れ込んで……レフィに殺されるぞお前」

「とっくに知っているよあいつは。つーかそんなことはどうでもいい」


 話が進まん!


「ジャン、これを俺の言う通りに改造、もしくは一から造り上げて欲しい」


 そう言って俺は【救援筒フレアガン】をゴトリと、横にある台の上に置いた。


「あん? これは……魔導具じゃねえか。改造なんて無理だぞ」

「そうなんですか?」


 グレアが不思議そうに聞き返すので、ジャンが嬉しそうに答える。


「魔導具ってのはな、グレアちゃん。昔、大陸どころかこの星全てを支配していた魔術文明があって、その時に造られたもんなんだ。それこそ神のような力でな。だから、それをそれらしく直すことは出来ても、効果を変えたり、ましてや一から造り上げるなんて無理だ」

「……魔導具を造れって言っているんじゃねえよ。これの機構を活かしたものを造ってほしいだけだ」

「どういうことだよ」


 そして俺は、思い付いたことを説明した。この【救援筒フレアガン】を改造、もしくは利用すれば――が造れるんじゃないかと。


「なるほど……これであれば狙いも定めやすいし、魔力さえあれば誰でも使えますね」

「ああ。そして【救援筒フレアガン】は、魔力を光と煙の出る球に変えるが、その機能はいらん。いるのは、筒に込められた物を魔力で撃ち出す機能だ。撃つのは魔術を俺のスキルで保存したもの……そうだな、〝魔封弾〟とでも呼ぶか。これを予め装填しておけるといいな」

「……なるほど。元あった機能を変えたり、付けたりではなく……減らすのか。それなら確かに俺なら出来るかもしれねえ」


 ジャンが納得したように頷いた。


「あの……でも魔導具ってそんな簡単に弄れるのですか? だってそれは魔術師の領分だって前に店長が」

「心配するな。ジャンは――。しかしも魔導具を修理することに特化した魔導修繕士でな、魔導具を弄らせたら……この街の誰よりも腕は良い。鍛冶仕事は趣味だよ。だから売る気もねえ」

「お前に素直に褒められると……照れくさいな。でも鍛治は趣味じゃねえよ……一応たまに売れているんだ」


 ジャンが顔を逸らしながら頭をかいた。


「ついでにあとで、ちといくつか魔術を使ってほしいんだ。魔封弾を作っておきたい」

「あん? それはグレアちゃんの仕事なんじゃないのか?」

「むー……そうなんですけどね……」


 グレアが拗ねたような声を出す。


「こいつの魔術は……ちと威力が強すぎる。ボスや強敵相手には良いが、ダンジョンの道中での使い勝手が気になるんだ。だから、普通の威力と範囲の魔封弾も比較として使ってもらおうと思ってな。勿論報酬は出す」

「……いや、面白い商売になりそうだ。俺を噛ませてくれるなら、今回は無報酬でやっていい」

「助かる。正直、金はあんまりないんだ」

「ははは、相変わらずだな、シールスは」


 笑うジャンを見て、俺はさらに我が儘を言ってみることにした。


「出来れば……三日後までにやって欲しい」

「はあ? お前いくらなんでもそれは……」

「……駄目?」


 グレアが懇願するように手を胸の前で合わせて、ちょこんと首を傾げた。


「……二日で仕上げてやる」

「すごい!」


 グレア、男相手なら予想以上に使えるな……。


「シールス、それだったら……こういう機能はどうだ? 前見た希少な魔導具で見かけた機構だが……」


 こうして俺は魔導修繕士のジャンの協力を得て試作品を造り上げたのだった。


 そのお披露目は――すぐに行われることになる。



☆☆☆



 四日後。


 Aランクパーティ【紅蓮の竜牙】の拠点。


 ザドスの私室。


「バランタイン。いよいよか?」


 竜の素材で出来た鎧を纏ったザドスが、〝竜殺し〟と呼ばれる由縁である、剛竜ガゼアラスを斬った際に使用した大剣を素振りした。


 それを静かに守っているのは、幹部になり、めきめきと頭角を現してきた青年――バランタインだ。


「その通りです、リーダー。【疾風の槍】は本日、〝骨啄峠ほねばみとうげ〟へとダンジョンダイブを行うようです。様子は普段と変わりませんし、メンバーも同じです」

「くくく……よし、俺らも向かうぞ。それらしい依頼は取ってきたんだろ?」


 ザドスが笑うと、バランタインが微笑み返し、依頼の書かれた紙をテーブルの上へと置いた。


「もちろんです。ついでに、今日そこへと向かう予定の冒険者は全て足止めするつもりです。もちろん、さりげなく、荒立てずに」

「……お前は優秀だな、バランタイン」

「いえ……これも拾っていただいた御恩ですから」


 そう言って、バランタインが頭を下げた。それに気を良くしたザドスがバランタインの肩を叩いた。


「俺は有能な奴が好きだ。留守は頼んだぞ」

「お任せください」


 ザドスが、バランタインに背を向けて去っていく。彼が部屋から出て行ったのを見て、バランタインが肩を振るわせた。


「くくく……あはははははは!! 竜は殺せても…………ザドス」


 バランタインは狂ったように笑うと、どかりとソファに腰掛けた。すると、部屋の隅から音も無く黒い影が寄ってくる。その顔には、白い狐を模した仮面を被っており、不気味な雰囲気を醸し出していた。


「――バランタイン様。やはり……例の店主と魔女も動きました」

「だろうな……面白いことになるぞ」

「よろしいのですか? いつでもように待機させていますが」


 狐面の男の言葉にバランタインはすぐに答えず、ソファにもたれかかり、天井を見上げた。


「――捨て置け。まだ利用価値がある。魔術師教会すらも投げ出したあの魔女をどう使いこなすか……楽しみじゃないか」


 バランタインがそう言って手を払うと、狐面の男がフッと消え去った。それは、決して常人の力で出来る動きではない。


 そんな男を従えている時点で――バランタインが只者でないことが分かる。


「歴史すらも変える力は、お前が思っているよりもずっと……厄介だぞ、名も無き店主よ」


 そう言って、バランタインは目を閉じた。


「ザドスはもう用済みだ。だから死ぬなよ……グレア。お前にはお前の役目があるのだから」


 その呟きはしかし、誰に聞かれることもなく、宙に消えたのだった。

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