第5話:救援筒


 店に戻った俺とグレアは早速、新商品開発に乗り出した。


「とりあえず、グレアの魔術を【保存】して売り出すとして……どういう形で売るかだな。名前はグレアがさっき言ってた魔術を封印する道具って意味で〝魔封具〟にしよう」

「やった! でも正直、投げて発動ってのはちょっとコントロールが難しそうです」


 そうなのだ。特にグレアの魔術は威力と範囲が凄い分、撃ち方を考えないと味方を巻き込む可能性がある。手で投げるという方法だと、どうしてもその可能性を完全に消すことが出来ない。


「うーん……それと問題はもう一つある」

「なんですか?」

「魔封具が大量生産が出来ない点だ。一つ作るのに三日掛かるようじゃ話にならん。しかも使い切りだしな」

「あー、それなら大丈夫ですよ?」


 首を傾げるグレアを見て、俺も釣られて首を傾げてしまう。


「どういうことだ?」

「あ、いや、今回はとりあえずなので、ファイアアローだけでしたが……あたし【多重詠唱】のスキルもあるので、初級魔術なら多分……は同列で詠唱できます。あと【並列詠唱】もあるので、詠唱しながら日常生活はこなせますよ。戦闘とかは流石に無理ですけど」

「……はあ?」


 おいおい、待て待て。【多重詠唱】【並列詠唱】といえば、全魔術師垂涎の超激レアスキルじゃねえか! しかも同時に百個だと……?


「詠唱時間は変わらないので、三日は掛かりますが」

「三日で百個か」


 それであれば十分すぎる。つうか、詠唱しながら普通に生活出来るって凄いな。どんな脳をしているんだ?


「ですね。高位魔術だと十個ぐらいになりますけど」

「いや、高位魔術はどうせ売れないし、はっきり言って過剰火力すぎる。初級魔術で十分だ」

「だったら、余裕ですね~。どの属性でもいけますよ」

「……ちなみに、何種類ぐらいだ」

「へ? いやですから……初級から上級、その上の禁忌魔術まで全属性いけますって」

「はあああああああ!?」


 今日何度目か分からない声を上げて、俺はもう驚きを通り越して呆れてしまう。


 全属性、しかも禁忌魔術までいけますって……いやいや……。


「いやだって普通、どんな高位魔術師でも一つの属性を極めて、サブに数種類程度しか扱えないはずだぞ」


 魔術はかなり扱いが難しく、初級魔術を何度も放つことで習熟度を上げて、それが一定レベルに達すると次の魔術……といった風に段階を上げていく。例えば、火属性の場合は最も初級の【ファイアアロー】を何百何千と使って初めてその上の魔術である【フレイムランス】が使えるようになる。もしそこを疎かにすれば、魔術が暴発し、最悪死に至るほどだ。


 なので大体の魔術師は一つの属性を極め、あとはそれが効かなかった時の保険の為に、他属性の初級魔術を囓るぐらいだ。もしくは割り切って、全属性の初級~中級魔術のみを使える、【属性士】という特殊なタイプの魔術師になる場合もあるが……。


「【輪廻詠唱】のサブ効果で、三日掛かる代わりにどんな魔術も一回で習熟できるんです」

「……なんだよそれ……ヤバすぎだろ」


 つまり……三日に一つの魔術をマスターできるのだ。それは……あまりに早すぎる。


「なので、一年も掛からず全属性の禁忌魔術まで使えるようになったんです。今は更にそれを掛け合わせたオリジナル魔術を考案中ですよ!」

「……グレア、お前マジで詠唱時間が短かったら歴史に名を残す魔術師になっていたぞ」

「そうですか? でも長いおかげでそこまで使えるようになったので……ま、世の中ままならないですね!」


 あっけらかんに笑うグレアを見て、俺はため息をついた。そこまで吹っ切れるのが凄い。


「とにかく……ラインナップは問題ない。大量生産もできる。あれ、これいけるんじゃね?」

「あとは、どういう形で売るかを考えるかだけですね」

「うーん……」


 投げるのは駄目だな。グレアみたいなドジっ子が使ったら阿鼻叫喚になるのは想像できる。


「出来れば……狙いを定めてそこに放てるような感じで……」

「うーん……あ、やじりにして弓で撃つとか?」

「悪くないが……、矢を撃つという動作が必要だし、【解放】のタイミングを誤ると中の魔術は当たらないだろうさ。そもそも弓は扱いが難しい。誰でも使えるものじゃない」

「そっか……」


 グレアもそれ以上は何も思い付かないらしく、唸りながらいつものようにカウンターに突っ伏した。ううむ……いつもの如く、無防備な胸元が見えている。どうもその辺りの貞操観念が薄い気がする。その割にはウブなところもあるので、良くわからん。


「ま、とにかく、そこを何とかしないとちと難しそうだな。投げて使えそうな魔術を吟味して、まずはそれを試験的に使ってもらうところからか」

「ですねえ……」


 なんて話していると、店のドアが開いた。


「おっすー」


 入ってきたのはレフィだった。


「んっ!! レフィ姉様!!」


 グレアがまるで犬のようにガバリと起きると、入口にいたレフィへと突撃。


「元気そうねグレア」


 レフィの控えめな胸へと飛び込む。グレアは随分とレフィに懐いていた。


 まあレフィは昔から同性異性問わず、年下にはよく好かれていたので、驚く事はない。


「おお、レフィ。保存食か?」

「ええ。ちょっと長丁場なダンジョンダイブになりそうでね」


 冒険者はダンジョンに潜ることを、ダンジョンダイブと呼ぶ。それが長くなるということは……それなりの高難度ダンジョンなのだろう。


「どこに行くのですか?」


 頭をわしゃわしゃと撫でられていたグレアがレフィを見上げて、そう聞いた。


「Cランクダンジョンの〝骨啄峠ほねばみとうげ〟よ。あそこのボスである〝竜骨の騎士〟の素材を依頼されてね。ついでに装備を新調したいから、採掘もしていこうかと思って。だからピッケルも何本か買っていくわ」

「毎度あり~。しかしあそこか……スケルトン系ボスが多いから火属性攻撃は必須だな。あ、レフィ、いつ行く予定だ?」

「ん? うーん、一応明後日の予定だけど」


 明後日か……それじゃあ間に合わないな。


「レフィ姉様! それ四日後にずらせません!?」

「へ? うーん、まあ後ろにずらす分には問題ないけど。どうしたの?」

「ふふふ……話しても良いですか?」


 グレアが俺に許可を求めたので、俺は頷いた。


「実はですね……」


 それからグレアが、かなり横道にそれながらも、魔術を【保存】できることや、それを売る際の問題点などを説明した。


「うーん……凄いわねそれ……もし実現したら冒険者の戦い方が変わるわ」


 レフィが感心したように唸る。


「だろ? だけど、さっきも言ったが投げて使うのはな」

「そうね。確かにパーティリーダーとしての観点から言わせてもらうけど、かなり不安ね。魔術師ではなく、戦闘中に出番がない斥候や回復士に使わせるだろうから、魔術については素人よ。魔術師のように味方に当たらないように放つには相当な技量が必要そう。それはうーん、すぐには難しいわ」

「だよなあ……。だからグレアに、投げても使えそうな魔術を吟味させる予定だ」

「なので、それを是非、レフィ姉様に試して欲しいんです!」


 レフィにくっついたままのグレアがお願いとばかりに手を合わせた。


「そりゃあまあ良いけども。ああ、それで四日後ってことね。作るのに三日掛かるから」

「その通り。保存食も採掘に必要そうな道具も用意しておくよ」

「助かるわ」


 レフィの腰に手を回していたグレアが、ふとその腰にぶら下げてある、ある物に気付いた。


「……? レフィ姉様、これ何ですか?」

「ん? ああこれは……【救援筒フレアガン】よ」


 レフィが腰のホルダーから外したそれは、太い金属製の筒で、湾曲した握りがあり、その握りには引き金がついている。


「これはわりと冒険者の間で普及している魔導具で、魔力さえ込めれば、光と煙を放つ球を撃つことが出来るのよ。特に屋外のダンジョンでは、これがあるかないかで生存率が全然違うの。危なくなったり身動き取れなくなった時、とりあえずこれを撃っておけば、近くにいる冒険者や、ギルドの【救援士】が助けに来てくれるからね」

「あー、【救難シグナル】の魔術と同じですね」

「そうそう。それを魔力だけで撃てるのよ。魔力で出来た球も、筒の向いた方に飛ぶし簡単よ」


 そうか。そういう手もあるのか。


「……どうしたのシールス。なんだか難しい顔をして」

「店長、大体こういう時は何も考えてないか……何か突拍子もないことを思い付いたかのどちらかですよ」

「……む、知っているわよ」


 俺は二人を無視して思考する。……これなら、いけるかもしれない


「……レフィ、今、【救援筒フレアガン】の在庫を切らしているんだが、それ、ちょっと貸してくれないか?」

「へ? これ? 良いけど。予備もあるし」

「くくく……四日後を楽しみにしてろレフィ。これは……


 俺は【救援筒フレアガン】を持って、そう不敵に笑ったのだった

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