第3話:それを魔封弾と呼ぶ

「店長~暇過ぎます」

「うるせえ。俺が一番それを分かってるよ。黙って掃除しろ」

「はーい……きゃっ!」


 グレアが床を箒で掃きながら転んだ。どうして何もないところで転けるのか。それが俺には分からない。


 こんな危なかっしい感じなら、ダンジョン内での行動も想像できる。ザドスを擁護する気は一切ないが、文句を言いたくなる気持ちも少しは分かった。まあそれにしたってあいつらはゲス過ぎるが。


「ううう……」

「ほら、そんなことで泣きそうになるな」

「……はい」


 グレアを雇ってから一週間。とにかく、彼女は魔術以外は本当に苦手だということが分かった。


 料理も掃除もその他家事も一切駄目。聞けば、安宿を転々としているそうだが、あまりに危なっかしいので渋々この店に寝泊まりできるスペースを作ってやった。


 だけど、彼女にも良い点は沢山ある。


 まず、とにかく真面目だった。教えたこともすぐに飲み込むし、計算なんかも俺よりも遙かに速いので、店の売上や税金の計算を今は彼女に任せるほどだ。


 手先は不器用なので料理は任せられないが、意外、と言うと失礼だが、舌と鼻は確かで、彼女のアドバイスでかなり保存食の味も向上した。


 何より――


「えへへ、グレアちゃん、また来たよ」

「あ、サンズさん! いらっしゃいませ~! 今日は何買います? 今日は、このカボチャパイがオススメですよ!」


 男性客がめちゃくちゃ増えた。


 うむ。理由は分かっている。グレアが、レフィに何度脱げと言われても着ることを譲らなかった、あの胸元が眩しい服だ。何でも彼女のお母さんの形見らしく、あれを着ていないと落ち着かないとか。


 流石に今はエプロンをその上から着せているので露出は減ったが、逆にそれが良いとか言う客もいるので、あまり効果はない。


 まあ、みんな保存食ではなくグレア目当てなので、買っても数品で、さして売上には貢献していないのだが……それでも前と比べれば売上は間違いなく伸びた。


 ただし――


「店長! ごはんの時間です!」


 この女――めちゃくちゃ食べる。そりゃあもう俺の三倍ぐらい食べる。


 おかげで、売上が上がってもその分食費が掛かっているので、実質プラスマイナスゼロだった。


「つまり……全然儲からねえ……」

「すみません……あたし食べないと調子悪くて……」

「いや……うん。いいよ、食べて」


 食材は安い時期にまとめ買いして【保存】しているので、かなり原価は抑えられている。それでも日々の細かい積み重ねが月末になるとやはり、大きく響いてくるのだ。


「うーん」

「店長……保存食の発想と、そのスキルの効果は素晴らしいのですけど……やっぱり冒険者には地味すぎますよ」


 グレアが四杯目のトマト煮込みを食べながら、帳簿を睨む俺へと声を掛けた。


「分かっちゃいるがな……それ以外になあ」


 当然、食糧以外にも、色んなかさばる道具だとかを小さく出来るので滅茶苦茶便利なのだが……戦闘にはいまいち関与しないせいで、冒険者からの受けは悪い。


 結局冒険者は、いかに魔物を倒せるかを重視してしまうからだ。


 だから、武具屋は繁盛するのだが……。


「戦闘かあ……武器を保存するのはどうです? 色んな武器を持っていけて、その都度変えられるのは便利なのでは!?」

「そんな何種類もの武器を使える器用な冒険者がいるかよ。みんなが使うのは剣と、あとせいぜいもう一種ぐらいだ。だから色んな武器を持ち込むメリットは薄い。いや……一応需要がないこともないか」


 例えば、武器や防具を腐食させるスライム種の魔物が生息するダンジョンなら、使い捨てできる武器を大量に持ち込むのはありかもしれない。


 問題はやはり需要がニッチ過ぎて、武器の仕入れやらなんやらを考えるとあまり旨味はない。


「武器が駄目なら――魔術は?」

「ん? 魔術?」


 もちろん俺だって、魔物が撃ってくるファイアアローとかを【保存】出来れば、防御にも攻撃にも使えるのでは!? と若かりし頃に考えたさ。


 結果は……言うまでもない。


「無理かあ……まあそうですよね……それが出来たら強すぎますよね~」


 いや……でもちょっと待て。


「グレア、魔物が使ってくる、魔術っぽい攻撃って、あれやっぱりグレアのような魔術師が使う魔術と同じなのか?」

「へ? いや、全然違いますよ。魔物は大気のマナを吸収して、その属性を変えて放っています。ドラゴンのブレスなんかがそれですね。でも我々魔術師は、大気のマナを使うところまでは一緒ですが、それを一旦魔力に変えないといけません。マナを魔力へと変えて、はじめてそれを魔術の源として使えるのですよ。その魔力を今度は魔法陣と詠唱の組み合わせで属性や形状を変化させて放ちます」

「なるほど。ちなみに、グレアのスキル……なんだっけ……りんねなんとかはどこに作用するんだ?」

 

 俺の言葉に、グレアが嬉しそうに応える。


「【輪廻詠唱】ですね! あれは、魔力を魔術として放つ際の過程が長くなってしまう代わりに、変換する際のロスが少なくなり、結果として理想系の形で魔術を放てるので威力と範囲が上がるって効果なんです! そもそも、魔術というのは、元々魔物が放つマナを使った攻撃を再現しようとしたのが始まりなんですよ」


 なるほど。サラマンダーとかが撃ってくるファイアアローは、厳密に言えば魔術の【ファイアアロー】ではないってことか。それを人が放てるように改造したのが……魔術だ。


「俺の【保存】ってスキルはさ、最初はもっと不便だったんだよ。形も大きさも変わらなかったし、液体は無理だった」

「そうなんですか? あ、でもスキルって使えば使うほど、成長するって」

「ああ。今では人工物なら何でも【保存】できるようになった。だが、生きている物や、魔物が放つ火とか雷とかは無理だったんだ」

「待ってください。店長……そのスキル、使!?」


 グレアが驚いたような声を上げた。


「……ない。だって魔物の放つやつと同じだと思っていたから」


 待て。いや、まさか。


 そう。俺の【保存】は人工物……言い換えれば〝人の手が加わった物〟なら、使える。


 そしてグレアの説明を聞いた限りだと――魔術はまさに〝人の手が加わった物〟……なんじゃないのか?


「店長……あたしに三日ください。試しに【ファイアアロー】の詠唱を今から開始しますので、三日後にあたしが放ったやつに【保存】、使ってみましょう」


 その時のグレアの顔は今でも覚えている。


 決意と希望に満ちたとても素敵な顔だった。



 そして――三日後。


「あはは……あはははは!! グレア! これは凄いぞ! 戦闘の概念が……!」

「……はい!」


 そこは街外れの崩れた遺跡だった。


 俺の手の中には、中で火が揺らめく、小さく半透明の球体が収まっていた。


 それを俺は、遺跡の壁へと向かって放り投げる。


「――【解放リリース】」


 その俺の言葉と共に――球体から轟音と共に炎矢が吹き出し、それはもはや矢というより、と形容した方が分かりやすいほどに太く、いとも容易く遺跡の壁を貫いた。


 俺の目の前には、膨大な熱量によって空気が揺らめく中、丸く溶解した遺跡の壁があり――その穴の先の遙か向こうまで、円柱状に大地や壁が削られていた。


 なるほど、アイスドラゴンを一撃って言うのは、まんざら嘘でもなさそうだ。


「店長っ! あたし、お役に立てそうですね?」


 そう笑顔で腕にくっついてきたグレアに、俺はただ、笑い声しか返せなかった。


「あはは! あはははは!! これは――!」


 こうして俺はグレアの協力の下――のちにダンジョンにおける戦闘の概念を大きく変えたと言われる、【魔封弾】の開発に成功したのだった。

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