第2話:押しかけの魔女
商人通りから近いということで、三人で俺の店へとやってきた。
店は狭く、保存食の元となる料理を作る為のキッチンとカウンター、それに保存食やちょっとした冒険者用の各種道具を並べる棚しかない。一応、店内で保存食を試食できるようにカウンターの前に椅子は置いてある。
しょんぼりしているグレアを無理矢理座らせて、俺はとりあえずコップに水を入れて彼女の前に出した。
すると、グレアはその大きな瞳に涙を溜めて頭をぺこりと下げたが――
「あの……助けていただきありがとうございま――いたっ!」
頭を下げすぎて、おでこをカウンターにぶつけたグレアが涙を流す。
「いだいいいい」
「あーあ……おでこ腫れてるじゃねえか。ほれ、【解放】」
俺はカウンターの引き出しから保存されていた
「ううう……すみません……」
氷嚢をおでこに当てるグレアを見てから、俺はレフィへと目線を送るも、彼女は力無く首を横に振った。
「はあ……とにかく、俺はシールス。ここで冒険者向けの道具屋をやっているしがない店主だよ。で、そっちがレフィ、俺の幼馴染で冒険者だ」
「あ、あたしグレアです。その、恥ずかしながら……追放されてしまいまして。でもあたし、魔術しか取り柄なくて……だから冒険者をやらないと」
グレアがしょげた様子で、肩を落とした。何か反応をするたび胸が揺れる彼女は、男にとっては目に毒だ。俺はレフィに睨まれたので、目を逸らしながら答える。
「あー、じゃあポーション作るとか。あとは……魔導具の修繕とか」
魔術師の仕事は多岐に渡る。だが、やはり最も分かりやすくかつ多くの魔術師が目指すのは冒険者だろう。
この世界にはダンジョンと呼ばれる、魔物の巣窟が各地にある。そこには無数のアイテムや武具、そして過去の文明の遺産である貴重な魔導具が眠っていた。また市場でも需要が高い、ダンジョンにしか生息していない魔物の素材も手に入る。
冒険者は冒険者ギルドから依頼を受けてそれらをダンジョンから持ち帰ってくることで生計を立てていた。もちろん、依頼の分以外の物もギルドが買い取ってくれる。
高ランクになれば、貴族よりも優雅の生活が出来るという。あのザドスって奴も小物くさかったが、相当に稼いでいるはずだ。
「ううう……あたし不器用で……魔術もいっこ放つのに三日掛かるし……」
「三日ってあんた……どうなってるのよそれ」
レフィが呆れた声を上げる。どんなに高位魔術でも、詠唱時間は長くても精々数分だ。それが三日となると……ほぼほぼ実戦では使えない。
「そういうスキルなんです……詠唱時間が長くなる代わりに威力が滅茶苦茶上がるんです。そりゃあもうAランクダンジョンのボスも一撃で倒せるぐらい」
「すげえ……でも使えないなそれ……」
「はい……」
いくらボスを倒せる威力があろうと、道中では完全に足手纏いだ。高難易度ダンジョンとなるとボスのいる最深部までが遠く、道中の方が辛いと言われるほどだ。
逆に浅いダンジョンだと、その火力は過剰すぎる。
「初級魔術なんて詠唱ほぼないけど……それも駄目なの?」
「はい……【ファイアアロー】でも三日です。ただ、アイスドラゴンを一撃で倒せましたが」
「……嘘だろ」
アイスドラゴンと言えば、Bランクダンジョン……つまりBランクの冒険者でないと挑めないダンジョンに出てくるという厄介な魔物だ。それは初級魔術で一撃?
ありえない威力だ。
「ま、いずれにせよ冒険者は難しそうね。大人しく普通の職につきなさいな」
「ううう……そんなあ。あたし田舎から出てきて、この街にはツテもコネも何もないです……」
「そう言われてもねえ。私も冒険者関係の仕事しか知らないけど、そこはザドスに見付かるだろうし」
「うーん……手先が不器用なら職人は無理だし……店子ぐらいか?」
なんて俺とレフィが悩んでいると……。
「あの……ここってなんか今にも潰れそうですよね? 表通りから遠いですし……なんかお客さん入ってなさそうな雰囲気ですし」
「君、ナチュラルに失礼だな……そうだけども」
反論できないのが辛い。
「ここなら、ザドスさん達も来ないのでは……?」
「まあ、ここ利用している冒険者はみんなシールスの知り合いだしね」
ん? あれ、この流れは。
「……! シールスさん! 助けたよしみで、あたしをここで雇ってください! なんでもします!」
「な、なななんでも!?」
俺が思わず動揺してしまうが、それを見たレフィが珍しく焦ったような声を出した、
「っ! そ、それは駄目!」
「……? なんでです?」
「なんでも!」
ムキになるレフィをよそに、グレアがカウンターへと崩れていった。
「ううう……こうなったらもう身体を売るしか……故郷の母ちゃんごめんなさい……グレアは約束を守れませんでした……」
そんなことを言われたら、俺も黙ってはいられない。
「……まかないは出すが、仕事ができるようになるまでは当分給与は出せねえぞ」
決して。そう、決して……乳に釣られたわけではない。本当に。マジで。
「ご飯が出るなら大丈夫です! あたし、一生懸命働きます!」
ぱあっと笑顔を咲かせたグレアを見て――俺はまんざらでもなかった。ただし、レフィという名の竜が今まさに俺へと槍を突き刺そうとしている点を除けばだが。
その後、竜と化したレフィを鎮めるのに、相当な時間と説得がかかったのだが……それを語るのはやめておこう。
というわけで俺は、グレアを店で雇ったのだった。
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