49.渡りに亀

 崩れる鉄塔の影が迫り、もう駄目だと目を閉じた、その時――


 深色は目撃した。海の向こうから、尾を引いて飛来してくるを。


(……あれは、何? 流れ星?)


 高速で飛んできた青い流れ星は、深色たちの上に倒れようとしていた油井やぐらに命中する。途端に流れ星は青い炎を散らして爆発四散し、鉄骨で組まれたやぐらを木っ端微塵に吹き飛ばした。


「何? 私たちを助けてくれたの? 一体誰が……」


 そう疑問を抱いたところで、深色の意識は途切れた。眠ってしまった深色と、彼女の側を離れないクロム。二人の影は、崩れゆく建物と共に舞い上がる黒煙と粉塵の中へ吸い込まれるように消えていった。



 燃え盛る油田へ向かって真っ直ぐに飛んでゆくその飛翔体を、救助ヘリに乗っていた如月もはっきりと目撃していた。


「何だ、あれは?――」


 青い流れ星は、如月たちの乗り込んだヘリのすぐ近くを通過し、今にも倒れようとしていた油井ゆせいやぐらに命中した。途端にやぐらは青い光に包まれて木っ端みじんに吹き飛び、細かい破片と化して海に落ちてゆく。


「あの爆発……ミサイルか? 何処から発射されたんだ?」


「分かりません! レーダーに反応なし。発射場所特定不能です!」


 ヘリの操縦士が潜水艦カシャロットと連絡を取り、飛行物体の発射場所を特定しようとしたが、レーダーには先ほどの飛来物が全く映っていなかったらしく、目視で確認するまで発見できなかったという。


「レーダーに映らないステルスミサイルだと……まさか――」


 姿無きミサイルの攻撃を前に、如月は何か心当たりがあるように眉を潜めた。その後も油田の崩壊は止まらず、まだクロムと深色をそこに残したまま、巨大な海上の城は力尽きたように崩れ落ち、海の底へと沈んでいった。



「………うぅん――」


 深色が目覚めると、見慣れない天井が目に映った。ゆっくり半身を起こすと、冷たい感触が肌に纏わり付いてくる。どうやらここは水中のようだ。


「ここは――」


 見渡すと、深色は奇妙な部屋の中に居た。明らかに人間が作ったとは思えないようなデザイン。壁には水影のようなまだらの模様が浮かび、半球ドーム型の天井からは、以前、海底神殿の入口でクロムが渡してくれたあのランプフラワーが幾つも伸びていて、咲いた花から漏れる青白い光が部屋を明るく照らしていた。


 それまで深色が眠っていたベッドも、半透明な柔らかい樹脂のようなものでできており、まるでクラゲの上に居るような感触がして心地よい。


「あれ? 確か私、油田の火災から作業員を救って、如月さんのヘリに飛び乗ろうとして失敗して、崩れてきた塔の下敷きになりかけて……」


 あの時、槍の力を限界まで出し切ってしまい、脱力して果ててしまったことを思い出す深色。しかし、今はちゃんと体も動くし、頭もはっきりしている。部屋の隅には黄金三叉槍ゴールデン・トライデントが立てかけられており、槍を無くさないで良かったと安堵して胸を撫で下ろす。


「あっ! そうだ、クロムは?」


 深色が声を上げた途端、自分の居るベッドのすぐ隣で、弱々しい声が聞こえた。


「むにゃ……深色……『指切り』って何なのさぁ……」


 ベッドの隣を見ると、そこには椅子に座ったクロムが、ベッドに顔をうつ伏せたままぶつぶつと寝言をつぶやいていた。どうやら深色が眠っている間、ずっと傍に居てくれていたらしい。


 深色は表情を和らげて、シャチ顔のクロムの鼻先をつついてやる。


「ふがっ! ちょっ、何すんのさ――って、あ! 深色が起きてる!」


「おはよう。よく眠れた? 朝から良い寝顔を見させてもらったよ」


「なに呑気なこと言ってんのさ。本気で心配したこっちの身にもなってよ。油田に落ちた深色を助けようとした時、ボクも本当に死にかけたんだからね」


「分かってるって。ごめんね、心配かけちゃって」


 そう言って手を合わせて照れるように舌を出す深色を見て、「もう、全然反省してないでしょ」とクロムは呆れたように頭を横に振った。


「でさ、ここは一体どこなの?」


 深色がそう尋ねると、クロムはいたずらに笑ってこう答える。


「ここはね、亀のお腹の中だよ」


「はい?」


「正確には、亀の形をした乗り物の中に居るんだけれどね。ボクら、遭難して海中を漂っていたところを、アテルリア王国のパトロール艦に拾われたんだ。艦長もとっても優しい人で、僕らをクラーケンの潜む海域まで連れて行ってくれるんだってさ。……あ、ほら、噂をすれば――」


 クロムが部屋の入口に目を移すと、自動扉が開いて、中から白い制服姿でチョビ髭を生やした中年の男が一人、中に入って来る。制服の胸にたくさんの勲章をぶら下げたその男は、深色と目が合うと被っていた船長帽をサッと脱帽して脇に挟み、彼女に向かって一礼した。


「これはこれは、ようやくお目覚めになられましたか。偉大なるアクアランサー殿」


 男はアクアランサーである深色の前に立てることを光栄に思っているらしく、初対面の彼女に対してやけに仰々ぎょうぎょうしい態度を取ってくる。


「ど、どうも……あの、あなたは?」


「私はアテルリア王国軍親衛隊所属の巡洋パトロール艦『ムーンテラピン』の船長を務めております、ランド・キルドールと申します。以後、お見知り置きを」


 ランドと名乗る男は、背筋を伸ばして気をつけした姿勢のまま、深色に向かって自己紹介する。


「アテルリア王国軍? しかも親衛隊って、確かアメル国王お墨付きの軍隊だったよね?」


「ええいかにも。我々は国王からとある命令を受けてこの海域を訪れていたのですが、その時に海上で危機に直面しているお二人を見つけまして、急ぎ救助活動を行った次第です。いつお目覚めになるかと心配しておりましたが、ご無事そうで何よりです。アクアランサー殿は我々アテルリア王国民の希望の象徴であり、勇ましく敵に立ち向かう姿は王国軍でも模範となる存在。そんなアクアランサー殿とこうしてご対面できることを、至極しごく光栄に思っております」


 実直で義理堅く、礼儀を重んじるその態度は如何にも軍人らしく、胸に下がるたくさんの勲章を見ても、国王からかなり信頼を寄せられている人物であるらしい。


 けれども、生真面目の塊みたいなランドの態度が、深色はどうも苦手だった。気軽に他愛もない会話を交わせるようなクロムとは違い、このような堅苦しい雰囲気の場では、どう受け答えしたら良いのか分からなくなってしまうのだ。


 深色が返答に困ってモジモジしているのを余所に、ランドは話を続ける。


「アクアランサー殿の従者の方から、クラーケン討伐に向かっているとの由をお聞きしました。よろしければ、我々の艦『ムーンテラピン』であなた方をクラーケンの潜む海域までお連れいたします。目的地到着までの間、ひと時の船旅を楽しんでいただければと思います。何か必要なものがあれば遠慮なく申し付けてください。体調が回復いたしましたら、この『ムーンテラピン』の艦内をご案内いたしますので」


「はぁ……ど、どうも……」


 そして、ランドは最後にまた仰々しい礼をして部屋を出ていった。艦長が部屋を出て行った途端、深色は「はあぁ~~~」と、それまでずっと止めていた息を吐き出し、その場に突っ伏してしまう。


「あぁもう、私あの人苦手だなぁ。まるでマナー講師の人と相手してるみたい。なんか調子狂っちゃうんだよな~」


「もう、艦長に向かって失礼だよ深色。艦長が言ってた通り、アクアランサーは王国の象徴なんだから、それに恥じない振る舞いをしないと」


「無理っ! 私そんな礼儀正しい清楚なお嬢様みたいなことできないっ!」


 まるで子どもみたいにジタバタして喚く深色を見て、クロムは呆れたように溜め息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る