48.絶体絶命の危機
海底油田プラント上にあるヘリポートには、既に潜水艦「カシャロット」から飛び立った救助ヘリが到着していた。クロムが率いる生存者たちが皆ヘリコプターの中に乗り込んでゆく。
「これで全員なのか?」
ヘリに乗っていた如月博士がクロムにそう尋ねる。
「ううん、まだ深色が中に居る生存者を助けに行ったまま、戻って来てないんだ」
クロムは心配そうな顔で、燃え盛る建物の方を見た。残る一人の作業員を救出するため、プラントの奥へ飛び込んで行ってからもう五分が経過しているが、戻ってくる気配はない。
「博士、ここももう限界です。急いで離陸しないと、我々も巻き込まれます」
ヘリの操縦士が如月博士にそう報告する。
「うむ……しかし、二人を置いて行くわけにも――」
如月が眉をひそめ、決断を渋ってしまっていた時だった。
それまで海上から伸びてプラントの奥へと伸びていた水竜の細い体が、ぐにゃりと大きくのたうった。
そして二つの人影が、水竜の体を通って、燃え盛るプラントから飛び出してきた。
「あっ、深色が戻ってきた!」
それまで心配そうにしていたクロムの表情に笑顔が戻った。水竜の体から飛び出してきた深色は、生存者の作業員一人を抱えたまま、ヘリポートの上に軽々と着地する。
「水竜ちゃんどうもありがとう! 助かったよ」
深色は水竜に向かってお礼を言う。体が全て海水でできた青い竜は、主人である深色に一礼を返すと、瞬く間に元の海水へと戻り、バシャッと地面に落ちて消えてしまった。
「海水を水竜の姿に変えて使役する、か――やれやれ、あの槍の持つ力は本当に想像以上のようだね。あれだけの力を難なく操ってしまうとは、あの槍と彼女との相性もバッチリのようだね」
如月はそう言って、生存者の最後の一人を手を取り、救助ヘリの中へ引き込む。
「お帰り深色、やけに遅かったじゃないか。それにその格好! 煤で真っ黒じゃないか。こっちがどれだけ心配したか、分かってるの?」
クロムからそう言われ、深色は真っ黒な顔に笑顔を浮かべ、えへへと笑いながら答えた。
「分かってるって。でもこうして戻って来れたんだから、万事オーケーってことで、ね?」
「はぁ……いっつも思うんだけど、そのあきれるほどの楽観は何処から
二人がそんなやり取りをしていると、遠くから如月博士の声が飛んでくる。
「二人とも、呑気に話してないで早く乗ったらどうだい!」
如月たちの乗った救助ヘリは、ローターをフル回転させて、今にもヘリポートから飛び立とうとしていた。二人は慌てて駆け出し、最初にクロムがヘリに飛び乗った。
「ほら、深色も早く!」
クロムが深色に向かって手を伸ばす。ヘリコプターは既に地面を離れて上昇を始めていた。深色は地面を蹴って大きくジャンプし、クロムの伸ばした手をつかんだ。
――その時だった。
「あれっ?」
それまでクロムの手をしっかりと握っていた深色の腕から、まるで突然動力を落とされたようにフッと力が抜けた。
それと同時に、全身からあらゆる感覚という感覚が消え失せ、深色の体は完全な人形と化す。力を失った彼女の腕はクロムの手を離れて、彼女は真っ逆さまに下へ落ちてゆく。
「あっ――深色っ‼︎」
クロムの叫ぶ声が、やけに遠くで聞こえるように感じた。クロムたちの乗ったヘリコプターが、視界から離れて小さくなってゆく。
背中に衝撃が走った。深色はヘリポートの地面に背中を打ち付けていた。けれど彼女は痛みさえ感じない。肉体が脳から完全に切り離され、もはや全身の感覚がないも等しく、指一本すら動かすこともできなかった。
(……あぁ、そっか)
徐々に薄れてゆく意識の中、深色は気付く。
(私……力を、使い過ぎちゃったんだ……)
彼女は、燃え盛る建物の中から生存者を救い出すため、後先考えずに力を使っていた。海水から水竜を作り出して無理くり使役させ、業火の中に飛び込み、怪力で扉や壁を打ち壊し、生存者を抱えて必死にここまで舞い戻ってきた。
深色は
けれどそれは間違いだった。例え伝説の守護神が持つ黄金の槍であったとしても、与えられる力には限界がある。人間だって全力で走り続ければ、いずれは息を切らして倒れてしまう。それと同じように。
「あ〜あぁ……またヘマやっちゃったなぁ……」
深色は唯一動く口元から、後悔の言葉を漏らした。
遠退いてゆくヘリコプターの影。ヘリの開かれた扉の前で、如月博士が必死に何かを叫んでいる姿が見えた。そしてクロムは……
(……あれ? クロムは?)
ヘリコプターの中にクロムの姿は見えない。一体どこへ行ったのだろう?
そう思っていた時、唐突に頭の上から叫び声が降りかかってくる。
「深色のバカっ! どうして手を離したんだよ! このままここで死ぬ気なの? どうかしてるよ! 早く起きてよ、ねぇってば!」
深色の視界に、クロムの顔が大きく映り込んだ。彼は深色が落ちてしまったのを見て、慌ててヘリコプターから飛び降りてしまったのである。
倒れている深色に駆け寄り、ひたすら彼女の耳元で声を掛け続けるクロム。しかし、深色はもはや口元すら動かせなくなってしまっていた。
(クロム、あなたヘリから飛び降りちゃったの? 私を助けるために? ……もう、バカはどっちなのよ……)
深色はそう口にしようとするが、上手く言葉に出せず、彼女の想いはクロムに伝わらない。
轟々と炎を上げる油田から、金属のへし折れる音が響き渡る。すると、ヘリポートの隣に立っていた「
(ダメ……クロム、早く逃げ、て……)
意識が
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