45.本領発揮といこうか!

 海中を泳いで燃え盛る油田の真下までやって来た二人。油田のプラットフォームを支える四本の柱が見えてきたところで、背後から付いて来たクロムが深色に尋ねた。


「……でさ深色。所長さんの頼みを引き受けたはいいけどさ、どうやってあの火達磨のお城の中から残った人たちを助けるつもりなの?」


「えっと……それは――」


「どうせまたノープランなんでしょ?」


「言う前から決め付けないでよ!」


 呆れ返るクロムに、深色はムキになって言い返す。けれども実際はクロムの言う通りで、彼女はまだ生存者を救出する段取りすらも考えられていなかった。


 けれど、それでも深色はクロムに向かって手に持った槍を掲げて見せ、「これさえあれば何とでもなるって!」と自信満々に言う。


「以前、この槍を使って雪崩れ込む激流を塞き止めたじゃない? あの時みたいに水を操ることができたら、それが今回も何か役に立つと思うんだよね」


 ただ、そうは言うものの、水を塞き止めたあの時は咄嗟だったこともあり、一体どうやればあんな力を槍から引き出せるのか、そのコツをまだ深色自身もよくつかめないでいた。


「……槍さん槍さん、悪いんだけど、あの時みたいにまた力を貸してくれないかな?」


「ランプの魔人じゃないんだから、槍に向かって話しかけても意味ないと思うよ」


 クロムがそう言ってくるけれど深色は気にせず、三叉槍に額を付けて、祈るように目を閉じる。


「お願い……また私に力を貸して……」


『……大切ナ人ヲ、護ルタメノ、チカラガ、欲シイカ?』


 アッコロの放ったレーザーに背中を焼かれ、死の淵へと落下していった際に聞こえた槍の声が、今再び深色の脳内で共鳴する。


 槍の持つ力……自分がアクアランサーという地位を持っている以上、本来ならこの力は、アテルリア王国の民を守るために使うべきなのかもしれない。けれど、地上の人間であった深色にとって、助ける相手が海底人だろうと地上に居る人間だろうと、種族の異なりなんてどうでも良かった。現に今、この上で炎に巻かれながらも助けを待ち望む人たちが居る。それだけで、深色の体の内から強い使命感が湧き上がった。


「……うん、力が欲しいよ。私には、護らなければならないものが、あまりにも沢山有り過ぎるから――」


 深色は槍への問いかけに対し、改めて明確な意思を持って答えを返した。


 ――するとどうだろう。まるで主人の答えに応じるかのように、深色の持っていた三叉槽が金色こんじきに輝き始めた。周囲を取り巻いていた海水が急激に渦を巻いて膨張し、瞬く間に深色とクロムの体を包み込んで、そのまま一気に二人を海面まで押し上げてゆく。


 そして海面が大きく盛り上がった次の瞬間、ドッと飛沫しぶきを上げて巨大な水柱が立ち昇った。その高さは優に三十メートルを超えるだろうか。周囲に散った水飛沫が、雨となって油田周囲に浮遊する消防艇や潜水艦カシャロットの上に降り注ぐ。


「……は、博士、あれは一体……」


 雨が降る中、目に飛び込んできた異様な光景を前にして、如月の部下たちが言葉を失う。しかし如月は、目の前で起きた怪現象を前に、ニヤリと口角を上げて言った。


「……ふふ、どうやら彼女が本領を発揮してくれたようだね」


 彼らが目を向けた先――燃え盛る油田正面の海上から突き出た水柱は、細長い柱の形状を維持したまま固まってしまっている。一体どういう原理でそうなったのか、寄せ集まった海水が、まるで塔のように海上にそびえ立ち、天辺に居る深色とクロムの体を支えていたのである。


「み、深色っ! 僕ら空に浮いてるよ! ほら、見てよあれ!」


 水柱の中に捕らわれたクロムが、外の光景を見て驚き慄く。水柱は既に五十メートルにまで達しており、その天辺から見る光景は、背筋が凍り付くほどに高かった。ついさっきまで乗っていた潜水艦カシャロットもここから見えるが、クラムタウン随一の大きさを誇ると謳われるあの潜水艦も、ここから見ればボート程度の大きさにしか見えない。


「凄い……水を塞き止めるだけじゃなくて、こんなことまでできちゃうなんて……で、でも、個人的に高い場所はちょっとアレだから、何処かに下ろしてもらえると助かるんだけどな~……」


 一方で深色はというと、興奮するクロムの横で、顔を青くして震えてしまっていた。深色は高い場所から海を見下ろすと、飛行機事故に遭った時のトラウマが蘇ってしまい、自然と足がすくんでしまうのだ。


 主人の願いを聞き届けたのか、水柱は二人を抱えたまま大きく弓形にしなって、燃え盛る油田のプラットフォームにあるヘリポートの上にそっと下ろしてくれた。


「さてと……じゃあ気を取り直して、とっとと生存者を探してここへ連れて来よう! ……とは思うけど――」


 深色は管制室へと続く扉を前にして立ち止まる。もう火の手は扉の前まで来ているらしく、有毒な煙が扉の隙間から漏れ出ていた。如月からの話だと、ここから生存者の居る管制室まではまだかなりの距離があるらしい。体が頑丈な深色やクロムなら大丈夫かもしれないが、普通の人間ではここまで連れてくる間に炎に巻かれてしまい、無事では済まないだろう。


(さて、どうしたものかな……)


 この炎の中、どうやって生存者を誘導すべきか。頭を抱えて悩む深色がふと振り返ると、背後に先ほど二人をここまで運んでくれた水柱が、まるで蛇のようにうねり、深色の前で待機してくれていた。その姿はまるで鎌首をもたげている水竜のようで、自分の持っている槍が、主人の次の指示を待っているのだと深色は直感した。


「……そうだ、良いこと思い付いた!」


 そして深色は、自由自在に操ることのできる巨大な水竜を前に、とある名案を思い付く。その名案とは――

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