深度5000M 槍の力を見せる時
44.火の島
「メーデー、メーデー! 誰か応答願う! 最悪の事態が起きた! ここはまるで地獄だ。至急救援を頼む! 取り残された奴らもいるんだ。頼むから急いでくれ‼︎」
あちこちでしきりに爆音が轟き、
そんな灼熱の業火が周囲を取り巻く中、唯一まだ火の手の届いていない管制室内で、顔中
ここは、陸地から数十キロも離れた海上に浮かぶ人工の孤島。その巨大な建設物は、側から見れば西洋のお城か要塞のようにも見える。
しかし、中央に
しかし、その城が石油を採掘する為に造られた海底油田である以上、あくまで重視されるのは採掘効率の良さや安全性である故に、デザイン性などは二の次に回されて当然なのだろう。
そんな海上に立つ無骨な城塞が、真っ赤な炎に包まれていた。突如発生した海底地震によってプラットフォームを支えていた台座が不安定となり、石油採掘の為のドリルを海底に下ろす「リグ」と呼ばれる部分から高圧の天然ガスと石油が噴き出して引火したのである。プラットフォームからは有毒な煙がキノコ雲のように空高く立ち上り、周囲の海上に集まった何隻もの消防艇が、炎の勢いを少しでも弱めようと必死に放水を続けているが、一向に収まる気配はない。
――と、その時、油田から少し離れた海上にうっすらと黒い影が現れ、真っ黒な船体を持つ巨大な潜水艦が、息継ぎをする鯨のように海面を破って浮上した。
潜水艦の艦橋ハッチが開き、中から水着白衣姿の如月と数名の部下、そして槍を持った深色とクロムが現れる。
「くっ、やはり遅かったか……近辺の沿岸警備隊からの連絡は?」
「既に救難信号を受信して出動したようですが、炎の勢いが強過ぎて近寄れない状況のようです。油田内の管制室にはまだ作業員が数名取り残されており、救出はほぼ不可能だとの連絡も……」
如月の問い掛けに部下が力無く答える。どうやら先に出動した救助隊は、目の前で起きている絶望的な大火災を前に成す術もないまま、生存者の救出を諦める意向すら濃厚にしてしまっているようだ。
そんな、世間一般に知られている公式の救難活動組織が総出でかかっても歯が立たない、どうにもならない状況下となった時に初めて、全世界非公式の特任機関「ピュグマリオン」の出番が回ってくる。
如月たちの乗ったこの大型潜水艦「カシャロット」は、海洋研究所クラムタウンの所有する潜水艦の中でも最も巨大なものらしく、艦内には大きな格納庫を備えており、今回の出動に際しては人員救出の為に使用する救助ヘリコプターを一機、格納庫内に搭載している。
しかし、まずは取り残された作業員をプラットフォーム上にあるヘリポートまで誘導しなければ、ヘリコプターで拾うことすらできない。既に油田全域に炎が広がりつつあるこの状況では、いくら防護服を着た人間であっても、内部まで突入するのは不可能だろう。
しかし、その不可能を可能にできる人物が、ここにいる。七つの海で最大を誇る王国の命運を託され、槍の力をもって覚醒した、アクアランサーの少女が。
「――だから、私たちの出番ってワケね」
「……あぁ、そういうことだ。すまないが、今は君たちだけが頼りだ。我々の身勝手であることは重々承知だが、あの中に居る生存者の救出に、力を貸してほしい」
深色とクロムの前で
油田のプラットフォームは地下より溢れ出した天然ガスと石油による炎が止まらず、新たに噴き出たガスにも引火して、絶えず小さな爆発を繰り返していた。爆発が起きる度に放たれる熱風が、距離を置いて浮上していた潜水艦カシャロットの元まで達し、熱い風がむわっと深色の頬を撫でる。
「うわ……こりゃいくら頑丈な私の体でももたないかも……でも、中に居る人たちを放っておく訳にもいかないし……」
炎に飲まれてしまった惨状を前に、思わず
「あれ、深色どうかしたの? いつもは人を助ける為ならどんなところにも後先考えずに突っ込んでいくのに……」
「なっ!? べべ、別に怖がってなんかないからっ!」
強がるあまり咄嗟に口から出た言葉が、逆に深色の本心を暴露してしまったことに直後気付いてしまった深色は「あっ」と声を漏らし顔を赤くしたが、その恥じらいを隠すようにぶんぶん頭を横に振って、それから気を取り直すようにコホンと咳をして向き直り、如月に確認する。
「……うん、分かった。生存者たちをそのヘリポートとやらまでに誘導すればいいんだね」
「あぁ……できそうか?」
「オッケー任せて。だって私アクアランサーだもん。これくらい難なくやってのけなきゃ。――ほら、行くよクロちゃん」
「ラジャー!」
深色とクロムはぴょんと跳躍して艦橋から飛び降りると、船首に向かって一気に駆け抜けていき、黒々とした冷たい海の中に飛び込んでいった。
「……博士、あの子たちに任せてしまって、本当に良かったのでしょうか?」
二人が行ってしまうのを見送った後、艦橋に居た如月の部下の一人が不安げにそう言葉を漏らす。どうやら彼は、あれだけの大規模火災の中に、少女とシャチの子たった二人だけで行かせたことに、その部下は不安を隠せないようだった。
「……大丈夫、彼女ならできるさ。あの力があればね」
しかし如月は、まるで先の未来を見通しているかのように、確信をもってそう答えを返すのだった。
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