43.槍の秘める力
――ガシャン……
シャッターが完全に閉まる音がした。閉まる寸前に
「いったぁ……あ、大丈夫? 平気だった?」
深色は抱えていた怪我人の女性を心配して声をかけるが、女性は涙目を深色に向けて、小さく微笑んでいた。
「わ、私は大丈夫です……ありがとうございます。貴女は命の恩人です。本当に、ありがとうございます……」
その女性は、自分を救ってくれた深色になんどもお礼の言葉を投げていた。やがて駆けつけた医療班によって、その女性は医務室へと運ばれていった。
「あたた……腰が……」
深色は着地の際に思いきり打ってしまったお尻をさすりながら重い腰を上げる。
「やったね深色! 救出作戦大成功だよ!」
「うわっ! ちょっとクロちゃん⁉︎」
そこへクロムが飛び付いてきたものだから、深色は床に押し倒されてまたお尻を打つ羽目になった。
「さっきの水を止めた技、凄かったよ! 一体何処であんな魔法みたいなこと覚えたのさ?」
クロムが興味津々にそう尋ねてくるのだが、実を言うと、深色本人にもその理由はよく分からなかった。彼女はただ本能の赴くままに動き、気付けば激流の前に槍を突き立てて、迫り来る鉄砲水を止めていた。雪崩れ込む水を止めたあの力は、おそらく槍の力によるものなのだろう。深色の意思を感じ取って、あのような水を塞き止める技を自動的に繰り出したのだろうか? 深色は未だに、自身の武器であるこの三叉槍の扱い方がよく分からないままでいた。
「う〜ん、どうしてあんなことができたのか、私にもさっぱりなんだけど、水を操る力……なのかな? そうでなきゃ水を止められた説明がつかないし……でも、訳分からずに向こう見ずで突っ込んで行っちゃった割には、最終的にみんな助けられたみたいだし、これで一件落着ってことで、やったね! いえい!」
「はぁ、深色のどうしようもなく無鉄砲なところはもう直しようがないや。付いて行くボクの気持ちも考えてほしいよ」
えへん! と胸を張る深色の横で呆れて頭を擡げるクロム。そして、その様子を側で見ていた如月は、安堵するように息を
「……やれやれ、二人に窮地を救われたな。彼らに大きな借りができてしまったようだ。皆も、二人の勇敢な働きを讃えようじゃないか」
すると、取り巻く人々も皆揃って二人に拍手を送った。歓声の止まない中、二人は互いに顔を見合わせ、少し小恥ずかしく頬を赤らめながらも、満足気な笑みを浮かべながら拳を突き合わせたのだった。
◯
「……それにしても、さっきの大きな地震は何だったんだろうね?」
事態が収束し、研究所内の混乱も落ち着いた頃、ふと深色は気になって疑問を漏らした。
「あ、そっか、深色は元々地上に住んでいたから知らないよね」
するとクロムがいきなりそんなことを言い出すので、深色は不思議そうに首を傾げる。そこへ、如月が付け足すように言葉を続けた。
「あのような巨大地震は二年前から、あちこちの海域で頻繁に観測されるようになったんだ。だから我々も警戒はしていたのだが、いささか妙な点があってね……」
「妙な点?」
「これまでに発生した地震の震源地を集計した図を見て分かったことなのだが、震源地の点と点を線で繋ぐと、不完全ではあるが一本の線が出来上がるんだ。ほら――」
そう言って、如月は持っていたタブレット端末の画面を二人の前で掲げて見せる。その端末画面には海底図面が大きく映し出されており、所々にピンを打つように赤い点が間隔を置いて並んでいた。あの点が、おそらく震源地なのだろう。そしてその点一つ一つを繋いでゆくと、確かに、不恰好だが一本の線が出来上がる。
「こんな現象はこれまでに前例が無い。まるで、震源が一人でに移動しているようだ……」
「一人でに移動って……地震に足が生えて歩いているとでもいうの?」
地震という抽象概念を人の歩く動作に例えた深色に対して、如月はふっと破顔し「それは面白い例えだね」と言葉を返す。
「でも、実際にその通りかもしれないんだ。我々の人知を超えた、あまりに巨大な何かが海底を大股で闊歩していて、その足音が地球の地盤を揺るがし、海底一帯に巨大地震を引き起こしている……ふふ、まるで何かの神話みたいな話だが、科学的に分析しても、明らかに自然に起こる現象ではない。きっと何かしらの原因があるはずなんだ」
まるで神話みたいな話――
深色は如月の何気なく発したこの一言にふと気付かされる。
神話は実在する。……何故なら、今ここに居る彼女、瑠璃原深色本人こそが、アテルリア王国の守護神――つまり本物の神様なのだから。
そして、各海域で巨大地震を引き起こしている諸悪の根源もまた、自分と同じ神様の仕業なのだとしたら……
「……クラーケン」
深色が邪神の名を口にした、その時だった。
――ギリッ……
深色は、何かが軋むような、耳障りな音を背後で聞いた。そして同時に、湧き上がるように強烈な殺気を感じて背筋にゾッと寒気が走り、思わず反射的にその場で振り返る。
「……ん? 深色、どうかした?」
後ろに居たクロムが、驚いて振り返った深色の様子を見てきょとんと首を傾げていた。クロムのモノクロツートーンの顔には、いつものように惚けた表情が浮かんでいる。まるで幼ない子どもを見ているようで、先程聞こえた不穏な音は幻聴だったのだろうかと、深色は自分の耳を疑った。
(今のって……歯軋りみたいに聞こえたんだけど、気のせい……だよね?)
深色は急に怖くなって、慌てて「ううん、何でもない」と慌てて前に向き直る。あの強烈な殺気は何だったのだろう? 疑問を残しつつも、深色は気のせいであると信じたかった。
そうして深色は再び如月の持っていたタブレット端末に目を向け、ふとあることに気付く。
「――ねぇ、その地図に今回起きた地震はもうマークしてあるの?」
「いいや、まだ正確に特定できてはいないが、我々の居る研究所がこの青い点で、今回起きた地震は
そう言って、如月はタブレットの画面をスクロールし、今回の大地震の起きた震源地一帯を指差す。
「……ってことは、震源はここからこんな軌跡を描いていることになる訳だよね? なら、次に地震が起こるとしたら、これまでの軌跡を辿っていくと――」
「ふむ……
「ふーん……ん? ここの青い点は何?」
如月の示す
「そこは民間企業の運営する石油プラットフォームだが――」
そこまで言って、如月の顔色がさっと変わり、見開いた目を顰める。眉間に刻まれる深い皺は、これから先に起こる深刻な災難を予兆していた。
「……やれやれ、安心するのはまだ早いみたいだね」
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