33.王国からの旅立ち

 するとそこへ、アメル国王がマントを翻して二人の元へやって来る。


「いやぁ、二人とも本当すまない。本当ならば王都中の国民を集めて盛大なセレモニーを開いてから君たちを送り出したかったのだが、今の情勢では中々そうもいかんものでな」


 申し訳無さそうにそう言う国王を前に、深色は両手を振って答えた。


「そんなに気にしなくていいってば。別にみんなから祝福を受けたいとも思わないし、全員から見送られるのも何か気恥ずかしいし……だから、私はクロムと二人でそっとこの王都からおいとまするね。だから、王都の裏口みたいなところを教えてくれると嬉しいんだけど」


 そう言われて、国王は驚いて目を丸くする。


「なんと! もう出かけるというのか⁉︎ もう少しここに留まっても良いのだぞ?」


「う〜ん……確かにそうしたい気持ちもあるけど、なんか、私がここに居たら余計に厄介なことになっちゃいそうな気もするし、ここに居座るよりも、いち早くクラーケン探し出してぶっ倒してやった方が、王国も平和になって王様も気が楽になるでしょ?」


「ううむ……確かにその通りだが、本当に良いのか? ろくな準備もせずに、そんな薄着の格好では奴と張り合えんだろう? もっと良い鎧を仕立ててもらうよう鍛冶屋に頼むこともできるが……」


 そう言われて、深色は自分の着ている衣装にちらと目を落とす。先程のレーザー攻撃で鎧を溶かされ、全て剥ぎ取ってしまった深色の体には、例によってあのコスプレにしか見えないセーラー襟の付いた白いスク水だけという格好に戻ってしまっている。肌に張り付くそのタイトな水着衣装のせいで、彼女の胸の小ささもより強調されて見えてしまっていた。


 けれども、深色は首を横に振る。


「これでいいよ。あの鎧、正直めっちゃ動き辛かったし、デザインも最悪だったし。……まぁ、このコスプレ紛いの衣装も最悪だけど、泳ぐ時に身軽だし、正直着慣れちゃってたから、もうこれでいいや」


 国王は少し寂しそうな顔をしていたが、やがて「そうか……」と呟き、配下の者に王国の裏口へ二人を案内してやるように伝えた。



 案内されたのは、二人が王都に入る際に通った、あの鉄扉のある入口の前だった。


「やっぱり、ここって裏口だったんだね。通りで人が居ないわけだよ」


 クロムがそう言うと、後ろからちゃっかり付いて来ていたアメル国王が、「裏口も表口も同じようなものだよ」と答えた。


「……では、二人とも、すまないが後は二人に任せる。本当ならば私自慢の王都親衛隊を一個大隊分同行させても良かったのだが、何分この混乱した状況下で、軍隊という軍隊は全て出払ってしまっておってな」


 残念そうに肩をすくめる国王を前に、深色は「仮にその一個大隊とやらが残ってたとしてもお断り! 二人だけで充分だから!」と返した。


「じゃ、行ってきます。私たちがまたここに戻る頃には、きっとこの国は平和になってるはずだよ。……だから、期待しててね、国王陛下サマ」


 そう言って深色は華麗に振り向き、重厚な扉の前に立つ。……のだが――


「……って、あれ? ちょっとぉ? 私ここ通りたいんですけど〜」


 相変わらず閉まったままの扉を前に、彼女はガンガンと乱暴にノックした。すると、内側で鈍い音がして、壁に彫られたホタテ貝の彫刻がカパッと開き、中からあの細いアームに繋がれた監視カメラが飛び出して、一つ目のレンズをぎょろりと覗かせた。


『んぁあ……何、ここを出たいの? ねぇリラー、お出かけの人が来たよ〜』


 そして、スピーカーから眠そうな少年の声がした。


『はぁ? 今度は出かける奴が来たのかい? まったく、こんなご時世に王都の外へ出て行く奴なんて、きっとろくな奴じゃ――ってちょっと! またあの方が立っておられるじゃないの! 早く開けておやり! ほら早く!』


 そして、次に覇気のある女性の声がして、頭をパチンと叩く音がした。


『あ、あの〜……良かったら今度、その……サインしてくれませんか?』


 それからその女性の声色は急にびた甘えのあるものへと変わり、深色に向かってそう頼み込んでくる。


「ふふ、いいよ。今のうちにサインできるものを探しといてね」


 深色がカメラに向かってそう答えてウインクすると、スピーカーからキャー! と黄色い悲鳴が上がり、それからそのカメラは扉の奥に引っ込んで、ゆっくりと扉が開いた。一連のやりとりを背後で見ていたアメル国王が、呆れたように頭を抱えていた。


「まったく、君みたいな人気者は引く手数多で大変そうだね」


 クロムがむすっとした顔をして言う。


「むふふ……人気者になるっていうのも、案外悪くないかもね。ほらクロム、行くわよ」


「はぁい。じゃ、またね、国王様」


 深色に続いてクロムも見送る国王たちに向かって手を振ってから門を潜り、広い海へと再び漕ぎ出したのだった。

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