32.小さな反乱

 ――すると、深色とクロムの連携攻撃によりビルの壁に激突した多脚戦車「タコツボ」の砲塔上部ハッチが開いて、中からよろよろと人が這い出てきた。


「あっ、戦車を操ってた奴だ! 深色、捕まえよう」


 深色とクロムは戦車の元へ向かい、操縦手らしき海底人を戦車から引きずり下ろした。その操縦手は銀の鎧を身に付けており、ヘルメットを付けていなかったので顔を見てすぐに男だと分かった。


「さっきはよくも酷いことしてくれたね! どうして国王なんかを狙ったのさ?」


 クロムの問い掛けに、戦車を操縦していた男は「ちっ」と舌打ちし、そっぽを向いたまま答えない。鎧を着ているということは、この男は王国の兵士なのだろうか? 


「おぉ、勇者ミイロよ! 不埒者を捕らえたか!」


 すると、背後からアメル国王が護衛の兵士を大勢引き連れて二人の方に泳いできた。


「あっ、国王様。こいつが戦車を操っていた奴です」


 クロムが男を指差してそう報告する。地面に座らされ、深色に槍を向けられているその男を見た途端、国王は驚愕した。


「な、なんと! 此奴の着ている鎧は、我が居城ロシュメイルを護る親衛隊のものではないか!」


 どうやらこの男は国王お墨付きの「親衛隊」と呼ばれる兵隊の一人であったらしい。そういえば、深色とクロムが初めてお城にやって来た時も、この鎧を着た兵士たちが入口を警備していたことを深色は思い出す。「タコツボ」と呼ばれる戦車が置かれていたのも、あの城の前だった。きっとこの多脚戦車は、親衛隊の専用装備なのだろう。


 親衛隊の男は、暗殺対象であったアメル国王と、自分に矛先を向ける深色を前にして、嘲笑うように言った。


「……ふん、アクアランサーか……王国の守護神だか何だか知らねぇが、あんな間抜けな奴が王様である時点で、もうこの国は終わってんだよ。いくら王国の守護神と呼ばれる槍使いを呼んだところで、状況は変わりやしねぇ」


「黙れっ! この裏切者め! 貴様にはこの後たっぷりと重い罰をくれてやる。その減らず口も何時まで叩くか、見ものだわ!」


 そんな国王の叱責を気にも留めず、男は憎しみに染まった目を今度は深色の方に向けて言葉を続ける。


「ふん、アンタもアンタだ。槍の力を手に入れられて、あんな無能な国王の為に身を張ることができて、さぞかし上機嫌だろう? ……だがな、俺たちはもう二年もの間、あの海の化け物に脅かされ続けて心身共にすっかり萎えちまってんだ。これも、元はと言えば二年前に化け物を封印し損ねた、アンタの前任様のおかげさ、全く大したもんだぜ」


 深色に向かって、男はそんな皮肉混じりの言葉を吐き捨てた。彼の言う「化け物」とは、百年に一度復活する海の邪神クラーケンのことだ。


 そして、彼の言う「前任様」とは、その邪神クラーケンを封印できずに逃げ出したとされる、深色が就任する以前にアクアランサーを務めていた「キリヤ」という海底人のことなのだろう。


「……不思議なもんだな。国を滅ぼそうとする邪神と、国を守ろうとする守護神と……ふふ、果たしてどっちが本物の『化け物』なんだろうな?」


 男の放った意味深な言葉に、深色はゾクッと身を震わせた。


「ちょっと、それってどういう――」


「もうよいっ! とっとと此奴を営倉へぶち込めっ! 明日にでも軍事裁判を開き、此奴へ正義の鉄槌を下してやるわっ!」


 アメル国王の命令で、背後に居た親衛隊の部下たちが男の腕を掴み、立ち上がらせて船の方へ泳いでいった。


 親衛隊の兵士たちに連れて行かれる親衛隊の男を見て、深色は何とも言えない複雑な気持ちにさせられていた。


 ――どっちが本物の化け物か。


 槍の力を得て、海の中を超高速で泳ぎ回り、攻撃を跳ね返す頑丈な皮膚を持ち、戦車すらも吹っ飛ばすことのできる怪力を持った自分。


 そんな自分を、さっきみたいに歓声を上げて応援してくれる人も居れば、人知れず陰で恐れる人たちも居る。アクアランサーを――王国の守護神となった自分を「化け物」と呼ぶ人たちもいる。


 そう思った深色は、心の中である決心を固めた。


「……うん、やっぱり私が何とかしないと、駄目だよね」


「ん? 深色、どうかした?」


 深色が小さく呟いたのを見て、クロムが彼女の顔を覗き込みながらそう尋ねてくる。


「ふぇ? あ、いやいや、折角胸部の大きい鎧を着させてもらってたのに、あの攻撃を受けたせいで台無しにしちゃったからさぁ。……あ〜ぁ、私のおっぱいが小さいってこと、確実にみんなに知られちゃったよね……」


「それはもう、深色の力じゃどうしようもならないと思うよ」


「う、うっさい! ……それにさ、やっぱりこの国の人たちはクラーケンに平穏な日々を奪われて辛い思いをしてるんだなぁ、って思って。私がこの槍でクラーケンをぶっ倒してやらなきゃ、きっとこの国の人たちは立ち直ってくれない。それに、私の前任者がクラーケンを封印し損ねたのもあって、国民に対する国王と私への評価も大分下がっちゃってるみたいだし、ここらで汚名返上しておかないとヤバいかもなぁ、って思ってさ」


 深色は自分の思っている心の内を、正直にクロムに打ち明けた。クロムは彼女の言葉を聞いて暫し呆気あっけに取られたような顔をしていたが、やがてクスッと笑い、「なぁんだ、深色もたまにはまともなこと考えるんだね」と皮肉っぽく答えた。


「その『たまには』は余計なの!」


 深色は、微笑んでいるクロムに向かって、突っかかるようにそう言葉を返した。

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