31.国王危機一髪!

「……諸君、ついに我が王国に新たなる希望の光が舞い降りた! あの海の邪神クラーケンが復活してから早二年、我が国は王都内外留まらず、王国全土が恐怖の渦に飲み込まれてしまった。国民の心には邪神への恐怖が募り、それ故に各地で醜い争いが絶えず、多くの無実の民が尊い犠牲となってしまった。我が国は今、王国史上最大の危機を迎えているのだ!」


 ここは流石と言うべきか、アメル国王は王都全国民を前にしても一切取り乱すことなく、自らの意思を力強い言葉に乗せていた。国王の演説は、民衆たちの心を掴み、引き寄せるだけの力を秘めていた。


「しかし、しかしだ諸君! 史上最大級の混乱の時代ももうすぐ終息を迎えるであろう。何故なら今、王国再興の切り札となる人物が、我々の目の前に居るからだ。これまで長きに渡って不在の続いていた王国の守護神アクアランサーの座に、新たな次期候補者が名乗りを上げ、舞い戻ってきてくれた。皆の暖かな声援と感謝の意をもって迎え入れよう! ここに、三叉槍に選ばれし勇者ミイロを、新たなる次世代の守護神アクアランサーに任命するっ‼」


 国王の最後の言葉に、周囲からワッ! と歓声が沸き上がった。舞い上がり、互いに喜び合う人々。ビル街上空には花火が幾つも打ち上げられ、轟音と共に王都に巨大な火の菊(きく)が幾つも咲き誇る。


 深色は民衆の声に応えるべく、手に持っていた三叉槍を真上に上げて掲げて見せた。途端に周囲の歓声は倍に膨れ上がり、皆が拳を掲げてアクアランサーである彼女に声援を送ってくれていた。


 ――が、次の瞬間、深色はふと下方に広がる光景の一点に視線が飛ぶ。


 ビルとビルの隙間、丁度ここから死角になった場所から、真っ赤な強い光が漏れていた。その光はやがて大きく膨れ上がって、こちら目掛けて向かってくる。あの赤い光を、深色は覚えていた。


「王様、危ないっ!」


 深色は咄嗟に壇上に立っていた王様の前に立ち塞がった。


 真っ赤な光は、そのまま彗星の如き速さで直進し、飛行船のガラス製半球ドームを突き破って、そのまま演壇上に立ち塞がる深色の体に命中した。


「ぐっ!」


 深色の体中に熱いものが走る。止まない赤い光線は彼女の着ていた鎧を真っ赤に焼き、やがてドロドロになって溶け出した。


「なっ! レーザー攻撃だとっ!」


 アメル国王が驚愕のあまり引き下がる。この時、深色が国王の前に飛び出してあの光線を受けてくれなければ、今頃国王は真っ赤なレーザーに焼かれて骨も残さず消し炭にされてしまっていただろう。


「襲撃だぁああああっ!!」


 国王が叫んだ。その声を壇上のマイクが拾い、国王の絶叫は船の拡声器を通して王都中に響き渡ってしまう。


 途端に、通り一帯ごった返していた民衆は大パニックに陥った。あちこちで悲鳴が上がり、それまで歓喜に満ちていた周囲は一変して阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わる。


「深色っ! 大丈夫!?」


 クロムが慌てて深色の傍に駆け寄る。深色は高エネルギーの熱線を真正面から受けてしまい、彼女の着ていた鎧は真っ赤に焼けてドロドロに溶けてしまっていた。


「あっっっつぅ‼︎ あちあちあちっ‼︎ あっついってばっ‼︎」


 深色は慌てて着ていた鎧を剥ぎ取る。どうやら熱で溶けていたのは彼女の着ていた鎧だけだったようで、鎧を全て脱ぎ捨てた深色の体には、火傷の一つも見当たらなかった。


「あぁ熱かったぁ……  胸の装甲が分厚くて助かったよ〜」


 深色の胸の部分を大きく見せるべく重厚に作られていた胸部の鎧は、すっかり溶けて使い物にならなくなってしまっていた。が、少なくとも深色のまな板な胸を守る役目は果たしてくれたようだった。


「勇者ミイロよ、用心せよ! 先の攻撃は間違いなく我を狙って放たれたものだ。我の暗殺を企む者がまだ近くにるはずだ。第二波を撃ってくる前に奴らを見つけ出すのだ!」


 国王からの指示を受けた深色は「は、はいっ!」と答えてビシッと敬礼し、さっきのレーザー攻撃でガラス張りの半球にぽっかり空いてしまった穴を抜けて船の外へ飛び出す。


 深色は赤い光の見えた辺りを中心にじっと目を凝らした。すると、ビルとビルの隙間、死角に隠れるようにして、四つ脚を持ち、ずんぐりむっくりとした球体の胴に砲台をくっ付けたような見た目の多脚戦車「タコツボ」の砲塔がこちらを狙っているのが見えた。きっとあれが先程の攻撃元なのだろう。


 深色は持っていた三叉槍を突き出し、タコツボへ向かって高速で突進する。


 が、既にタコツボの砲塔は真っ赤に加熱しており、第二波を撃てる体制を整えてしまっていた。


(ヤバっ、これじゃ撃たれるっ!)


 深色が思わず防御の体制を取った、次の瞬間――


「ガブッ‼︎」


 戦車の死角となった場所から飛び込んできたクロムが、その大きな口を開いて砲身に噛み付き、強烈なあごの力で粉々に噛み砕いてしまったのである。


「あっ! クロちゃんナ〜イスッ!」


 攻撃手段を失い、しどろもどろしてしまうタコツボに向かって、深色は持っていた槍をゴルフクラブのように振りかざした。


「吹っ飛べっ!」


 槍は巨体のタコツボを軽々と打ちのめし、打ちのめされたタコツボは、まるでボールのように弧を描いて宙を飛び、地面に落ちてバウンドしてビルの壁にめり込み、完全に沈黙した。


「僕の牙を甘く見ると痛い目に遭うからね」


 クロムが自慢げにギザギザの白い刃を見せ付けながらそう言った。


「いえい、やったね!」


 深色がクロムに向かって拳を突き出す。その動作が、以前彼女から教えてもらったジェスチャーだと分かると、彼も真似して「いえい!」と拳を突き合わせた。


 こうして、アクアランサーに任命された深色は、クロムと連携して国王の暗殺をどうにか未遂で食い止めたのだった。

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