30.全国民の願いを一身に

「――あのさぁ……何でわざわざこんな暑苦しい格好して人前に出なきゃならないの?」


 ロシュメイル城から飛び立った、フグの形を模した巨大飛行船。『チョウチン』号と呼ばれるその飛行船内の一角にある女子更衣室から聞こえてきたのは、深色の声だ。


「とてもお似合いですよ深色様。王国を護る勇者として、このくらい威厳のある格好をしていただかないと」


 深色の周りに群がり、彼女の身体に分厚い金属製の鎧を一つ一つ装着してゆくメイドの一人が、そう答えた。


「いやいやいや、いくら何でもこれは嵩張り過ぎでしょ! メチャクチャ着膨れしてるし、カッコ悪いって!」


 目の前に置かれた全身鏡に映る彼女の姿は、西洋の騎士も顔負けしてしまう程の大鎧姿だった。頭から胴、胴から腰、腰から脚、その爪先に至るまで、銀色に輝く金属で覆われてしまっている。酷くゴワゴワして、脚や腕の関節を曲げるだけでガシャガシャと騒がしい音を立てた。


「そんなことを仰らないでくださいまし。ほら、貴方様の胸周りに当てられている鎧は、他の鎧よりも数倍分厚い装甲をしております。これだけの厚さがあれば、王都の全国民に貴方のその豊満な胸元を、アピールすることだってできますよ」


 別のメイドから耳元でそうささやかれ、深色は驚いて頬を真っ赤に染める。


「べっ……別に私はそんなアピールなんか!……アピールなんか………う〜ん、できてるかな?」


 結局、いとも簡単に口車に乗せられ、乗り気になってしまう深色であった。



「深色! 何なのさその格好⁉︎」


 更衣室の外で待っていたクロムが、出てきた彼女の姿を見た途端、大声でそう叫んだ。


「ふふ〜ん、どう? 似合ってるかな?」


 深色は大鎧姿のまま、自信満々でポーズを決める。ガシャガシャと鎧がうるさい音を立てた。


「太っちょ! ブサイク! 前の方が良かった!」


「おぅおぅ? 何だってぇ〜〜〜っ?」


「だ・か・らぁ! 前の方が良かったっての〜〜〜っ!」


 二人は向かい合い、怒った顔で互いの額を押し付け合っている。


「ま、まぁまぁ二人とも落ち着きたまえ。国民への演説が間近に控えておるというのに……」


 睨めっこする二人をどうにか宥めたアメル国王は、コホンと一つ咳をして身なりを整える。


「さぁ二人とも、準備は良いかな? ステージの準備は既に整っている。二人は我の後ろから付いて来るがよい。国民に向けて笑顔で手を振り、声援に応えてあげるだけで良いからな」


「「はぁ〜〜〜い!」」


 国王の指示に、深色とクロムは二人して元気良く返事した。


「……ってか、何でクロムは鎧を着てないのよ?」


「だって、ボクのこのイカした模様が見えなくなっちゃうのは嫌だもん」


 クロムはそう言って、モノクロツートンカラーの胸を反らし、肩をそびやかしてみせた。


「其方らの姿は会場の四方に設置されたテレビカメラに収められ、アテルリア王国全土へと中継される。今、この『チョウチン』号は王国全土の深海電波チャンネルをジャックしておるから、国中全てのテレビ映像がこの場所を映すこととなる。そうすれば、全国民の目に嫌でも留まるであろうよ。さぁ二人とも、参るぞ」


 そうして、深色とクロム、そしてアメル国王の三人は、演壇へと繋がる扉の前に立った。



 王都の中心を通るメインストリートの真上を、フグの形を模した飛行船チョウチン号が進んでゆく。チョウチン号の腹部、つまり船の下半分は透明なガラス張りの半球ドームになっており、そのドームの中央に、円盤状の演壇が設けられていた。


 演壇の四方にはテレビカメラが回っており、演壇上の様子がメインストリート横に並ぶ七色ビル街の壁面一杯に映し出されている。しかもこの船は現在、王国一帯の電波を完全にジャックしているらしい。


 つまり、今この王都内に設置されたありとあらゆる映像広告画面全てに、深色たちの姿が映し出されていた。


 王都のメインストリートには、国王と新たなアクアランサーの顔を一目見ようと集った海底人たちでごった返している。


 そして、三人が演壇上に立つと、彼ら全員が一斉に歓声を上げ、通り一帯は熱狂的な声援に埋め尽くされ、大音響のうねりとなってどよめいていた。


「……す、すご……こんなにたくさんの人たちが、私たちを見に来てくれてたんだ……」


 通りに群がる海底人たちの一団が、船の上からだとまるで軍隊アリの大群のように見える。


「うわぁ……深色どうしよう、すごく緊張してきちゃったよ」


 ソワソワしながらクロムが言う。


「とと、とりあえず落ち着いてみんなに手を振ろう! ほら、笑顔笑顔!」


「そんな深色だって凄く手が震えてるじゃないか! それに顔ガチガチだよ。ほら、シンコキュウだっけ? それやらなきゃ」


 飛行船が高層ビルの横を通りかかり、ビルの壁一面に超どアップで映し出された自分の表情と演壇に立つ自分の目が合ってしまい、深色は恥ずかしくなって顔を真っ赤にさせた。


「――皆の衆、鎮まりたまえっ!」


 メインストリートを占拠した海底人たちを前に、演壇上で両腕を広げた国王が、気迫に満ちた第一声を上げる。


 途端に、それまで通り一体を取り巻いていた歓声の渦が、寄せた潮が引いていくように静まり返っていった。

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