28.英雄の皮を被った裏切り者
――キリヤと名乗るその海底人は、「選別の眼」の儀式で公式に見事アクアランサーの地位を勝ち取った誇り高き女性であった。彼女は全国民から讃えられ、それから百年もの間、王国の守護神として国の平和の為に尽力し続けたという。
そしてそれから百年の時が経ち、海の厄災クラーケンの封印が解けて復活する時期も近くなり、キリヤは海の怪物を再び百年の眠りにつかせるべく、全国民から激励を受けて見送られ、クラーケンの討伐に向かった。
「――だが先も言った通り、奴は……キリヤは、クラーケンを倒せなかった。そしてあろうことか、キリヤは蘇ったクラーケンを封印することもできないまま、恐れ慄くあまり最後の任務を全うすることもできずに敵前逃亡という大失態を犯してしまったのだ!」
そう声を上げる国王の顔には怒りの表情が強く滲んでいた。彼の両拳は堅く握られ、わなわなと震えている。
「我だけではない。敵を前に尻尾を巻いて逃げた事実を知ってしまったアテルリアの全国民がどれほど激怒し、失望したことか! これまで幾世代に渡って続いたアクアランサーの権威は、奴のおかげで地に落ちた。奴はクラーケンを倒し、平穏な時代を再び取り戻してほしいと願うアテルリア全国民の切実な思いを踏み躙った裏切者だ! 断固厳重な処罰を下さねばならんっ!」
国王は自分の王国を守れなかった勇者に相当な恨みを抱いているようだった。彼がそれほど前任者を嫌っていたことを知った深色は、少し複雑な気持ちになった。
「そのおかげで、アクアランサーの地位だけでなく、王国に対する国民の信頼度も急落し、反王国派を名乗る野蛮人共があちこちで動きを見せるようになってしまった。――中でも、地上人のヴィクター・トレンチをリーダーとする『アイギスの盾』と名乗る集団は、反王国派閥の中でも最も強大な力を誇る武装グループで、ヴィクターが操る潜水艦『モビィ・ディック』号を主な拠点として暗躍しておる」
一度聞いたことのあるワードが登場し、深色は「あっ!」と声を上げる。
「アイギスの盾って、コロちゃんの言ってた組織のことだ!」
「ん? コロちゃん?」
王様が首を傾げてそう問い掛けると、深色は「あ……な、何でもないっす!」と慌てて手を振って答えた。国王が毛嫌いしている組織の相手を平気であだ名呼ばわりしていることがバレてしまうのは流石にマズい。
「お前たちが神殿で遭遇した奴らも、アイギスの盾の一味だろう。奴らは我々王国軍の使用する兵器を盗用して武装を強化しておるようだ。もし奴らが束になって襲いかかって来れば、防御が手薄な今の状態では、この王都を守り切れないかもしれぬ」
国王は深刻な顔をしてそう言った。王都を守れない――それはつまり、今の王権が武力により乗っ取られてしまうクーデターが起こりかねないということを意味していた。
(あの優しそうな顔をしたコロちゃんが、どうして国を乗っ取ろうとしている奴らなんかに協力しなきゃいけないんだろう……)
そんな疑問を拭えない深色は、国王から国の内情を聞かされている間、終始頭の片隅にモヤモヤを抱えてしまっていた。
「――だが、我が王国の衰退もここまでだ。ここから先は、また以前のように七つの海の中で最も強大な力を持つ王国へと生まれ変わるのだ。何故なら! 今の我々の前には、新たなアクアランサーが居る! アテルリア王国を長きに渡って守ってきた守護神が、再びこうして玉座に戻って来られた。つまり、これは反撃の狼煙なのだ。我が王国の復興は、今お前たちがここへ来た時点から既に始まっているも同然なのだ」
アメル国王は声高々と宣言するようにそう言って、胸を張りガハハと笑った。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
しかしそこで待ったをかけたのが、アクアランサーである深色本人だった。
「だから! 前にも言ったけど、私は自分が望んでそのアクアランサーとやらになったわけじゃないの。だから、王様の治めてるこの国を百年も守ってやる気なんて更々無いんだから!」
そう国王に向かって言い返すが、そこへクロムも割り込んでくる。
「深色も今さっき聞いたでしょ? 今王国は大ピンチなんだよ? この国にはボクらみたいな同胞もたくさん住んでいるんだ。だから、今こそ戦わなきゃでしょ⁉︎」
そう問い詰められた深色は「あーもう! 二人ともうるさいからちょっと黙ってて!」と怒って持っていた槍を大きく振り回した。
「別にこの国を守らないとは言ってないわよ」
彼女の言葉を聞き、国王とクロムは首を傾げる。
「今の王国であちこち暴動が起こっているのも、反王国派の奴らがいけない事企んでいるのも、私の前任者のアクアランサーが怖くて逃げ出しちゃったのも、元はと言えば全部海の魔物クラーケンのせいなんでしょ? ……だから、私がこの槍でそのクラーケンを串刺しにして、百年でも千年でも長い眠りにつかせてやるわ。そうすれば、この国にも平和が戻って万事解決! めでたしめでたし! 違うかしら?」
そう問われて、国王も反論することができなかった。
「だから、そのクラーケンを私の手でぶっ倒すまでは、アクアランサーの役を引き受けてあげる。但し、倒したらその時点で私はアクアランサーを辞める。その後のことは全部私の後任にパス! 百年間この国を守る任務は、私の次にこの槍を握る子に任せる。――これでどうよ?」
深色が二人の前に叩き付けるように一つの案を提示した。
部屋の中に、しばしの沈黙が流れる。そして――
「流石深色だよっ! やっぱり受けてくれると思ってた!」
「うむ、確かに、その提案なら我も文句は無い。これまで続いてきたアクアランサーの歴史から見れば、少しばかりイレギュラーな対応になるが、良かろう。後任のアクアランサーも、こちらできちんと手配しておこう。頼んだぞ、勇者ミイロよ!」
二人から大きな拍手を送られて、深色は渋々ながらも、こうしてまたアクアランサーの役を背負い続ける選択をしてしまったのだった。
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