27.王国の厳しい現状

 ロシュメイル城メインタワーの中は巨大な吹き抜けになっていた。何十階にも渡る階層が上に向かって連なり、各階を回廊が繋ぎ、その上を沢山の海底人たちが忙しなく歩き回っている。


「ここがロシュメイル城の中心部になる。このタワーの二百六階が我専用の応接間になっておる」


「に、二百六階⁉︎」


 深色はこの城のとんでもない階層数に目を丸くする。確かに外から見ても巨大な建物だとは思ったが、まさか二百階を超える建物であったとは想像もつかなかった。


 地上一階であるだだっ広いロビーを抜けた奥には、太いガラスパイプ管が幾つも並んだ区画があった。そのガラス管は吹き抜けの内側の壁に沿って、何十階にも及ぶ階層を突き抜けて遥か遠くにまで一直線に伸びていた。


「このメインタワーは、地上二百階からが王宮区画となっている。地上百五十階から先は、この超高水力式エレベーター『シオフキ』を使うと良い」


 アメル国王はそう言って二人を太いガラス管の並ぶ区画へと案内する。


 各ガラス管の下にはそれぞれエレベーターガールらしき制服を着た綺麗な女性が控えており、そのうちの一人が、国王に向かって「お帰りなさいませ」と深くお辞儀をし、それから「何階へ参りますか?」と尋ねてくる。


「二百六階に頼む。それから、応接間に客人を招くから、用意を頼む」


「かしこまりました。では、到着階を二百六階へ設定いたします。どうぞ、お乗りください」


 エレベーターガールに導かれ、三人はガラス管の中へと案内される。管の中に入ると、分厚いハッチが自動で閉じられ、ロックのかかる音がした。


「さぁ、二人とも踏ん張りたまえ。乗り心地は悪くはないが、慣れていなければ少々きついかもしれん」


 ゴンゴンゴン、と三人の立つ床下から何かが突き上げてくるような音がする。


「あ、あの……これって一体どういう――」


 そこまで言ったところで、深色の言葉は途切れる。


 それはまるで、天まで打ち上げられるような衝撃だった。格子状になった床から高水圧の水流が一気に噴き出し、三人の体は濁流に飲まれてガラスパイプの中を銃弾のように突き抜けた。


 この時、一階から二百五階までの各フロアに居た海底人たち全員が、猛烈な勢いで通り過ぎてゆく二人分の悲鳴を一瞬だけ聞いたという。


「――はい到着! 乗り心地はどうだったかね?」


 あっという間に二百六階まで押し上げられ、ハッチが開くと、まるで海中に漂う海藻のようにふにゃふにゃになった深色とクロムがそこから出てきた。


「うっぷ……ごめん、水中に思い切りゲロ吐きそう」


 深色はよろめきながら両手で口を押さえた。


「しっかりしたまえ。君たちにまだまだ見せたいものが山のようにあるんだ。ほら、早く来んと置いてゆくぞ」


 アメル国王はそう言ってガハハと上機嫌に笑い、廊下をのっしのっしと歩いてゆく。深色はよぼよぼの老人のように持っていた三叉槍を杖代わりにして歩きながら「勘弁してよ……」と呟く。


 彼女の背後でずっとふらついていたクロムが、廊下の壁に頭をぶつけ「きゅう」と声を上げて仰向けに倒れた。



 どうにか這うようにして応接間まで辿り着くと、まるでマーメイドのような煌びやかなドレスを着た女性たちが二人を出迎えてくれた。


 応接間であるその部屋は、水の流れをイメージした曲線のデザインがあちこちに施され、部屋の中央には円柱の形をした水槽のようなガラス張りの空間があり、その中を一匹の巨大なチョウチンアンコウがのんびりと泳いでいた。


「さて、何か欲しいものがあれば遠慮無く使いの者に言ってくれ。お前たちも長旅で疲れただろう?」


「だ、大丈夫……こっちのことはお気遣いなく」


 先程の「シオフキ」に乗ったせいで相変わらず千鳥脚のクロムがそう答えた。


「いやいや、それにしても望まぬ転身であったとはいえ、よくぞアテルリア王国の守護神アクアランサーになってくれた! これで我が王国の安寧の日も近くなるだろう」


 アメル国王はそう言って胸を撫で下ろしていたが、そこへ深色が声をかける。


「ねぇ王様、さっきドンガメでこのお城に来るまでの間に、王都で暴動か何かが起きているのを見たんだけれど、大丈夫なの?」


 そう尋ねられると国王は、「暴動だと?」と驚いて声を上げる。


「あぁ……それは恐らく反王国派に組する蛮族共の仕業だろう。あの憎き裏切者が失踪してしまって以来、国内で反王国派の勢力が頻繁に反乱や暴動を起こすようになってしまったのだ。おかげで我が国の軍隊は全て王都内外で起こる内紛の鎮圧に総出で、本来なら王都の防衛に当たらせるべき人員まで割いてしまっている有り様なのだ」


 国王の話によると、アテルリア王国内の現在の内政は最悪であるらしい。王都だけでなく、王国領海内各地で起こる氾濫や暴動を鎮圧すべく、王都の軍隊はほぼ出払ってしまっている状態であるという。


 深色とクロムが王都の入口に着いた際、入口を警備していた者の声を聞いたが、あの声や対応からして、明らかに門番素人としか思えないお粗末なものだった。おそらくあれも、軍の人員が足りないせいで民間人を門番として雇っていたのだろう。


「そうか! お城の警備があんなに厳重だったのも、反王国派の奴らが襲ってくるのを防ぐ為だったんだね」


「うむ、その通りだ。この城から一歩でも外に出れば、身の安全の保証はできない。それほどまでに今この国の治安は乱れてしまっておるのだ」


 クロムとアメル国王が言葉を交わしているその横で、深色はついさっき国王が話していた説明の中に、とある重要なワードが隠れていたことに気付く。


「あの、王様さっき『憎き裏切者が失踪』って言ってたけど、それって前に教えてもらった、私の前任のアクアランサーのこと?」


 深色の疑問を聞いたアメル国王は、思い出したくない過去を振り返るように眉間にシワを寄せ、苦い表情をして答えた。


「あぁそうだ。其方がアクアランサーになる二年前、その裏切者は海の厄災クラーケンを仕留め損ね、そのまま行方をくらました。その裏切者の名前は、キリヤ――」

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