21.王都への招待

「おぉ! これは素晴らしい‼」


 するとその時、深色たちが抜けてきた穴の奥から、唐突にアメル国王の声が聞こえた。


「やはりなってくれたのですな! 我が王国の守り手であるアクアランサーに!」


 穴から出てきたのは、ついさっきアッコロのレーザーによって粉々に破壊されたはずのカニのカラクリだった。カラクリの映像投影装置により映し出されたアメル国王のホログラムが、手を叩きながらこちらへやって来る。


「あれ? 何で壊れたはずのカラクリがここにあるの?」とクロムが不思議そうに首を傾げた。


「こんなもの、神殿の倉庫の奥にスペアが幾らでも眠っておる。そのうちの一つが壊されたに過ぎん」


 国王はそう言ってガハハと胸を張って笑った。


「其方の首元に刻まれた『槍士の称号ランサータトゥー』、その印を持つ者は、三叉槍の正式な後継者である証に他ならない」


槍士の称号ランサータトゥー?」


 そう言われて、深色は首元に手をやる。本人には見えないが、彼女の首周りには、水の流れをイメージする細やかな模様が首回りに黒い痣となって刻み込まれていた。


「へぇ、ボクてっきり衣装と一緒に付けられた首飾りか何かかと思った」


 クロムが興味深げに深色の首元をじっと見つめてそう答えた。


「其方は王国全土から盛大な祝福を受けて迎えられるであろう。歓迎するぞ、次世代の新たなるアクアランサーよ!」


 アメル国王はすっかり気分を高揚させ、喜び余って声高々に歓喜の声を上げている。


 ――さて、ここで困ってしまったのは深色だった。


 確かに、アッコロに撃たれた時、槍の声にそそのかされて自ら力を持つことを望んだのは紛れもない事実だった。そうしなければ、彼女はクロムを守れなかっただろうし、彼女本人も今ここに無事に立ってはいなかっただろう。


 深色は大きくため息をつき、国王に向かって打ち明けるように言った。


「……あ、あのね、国王様。さっきも言ったと思うんだけど……本当は私、そのアクアナントカになる気なんてなかったの。ただ、突然あの海賊たちが横槍を入れてきて、大ピンチになったから仕方なく力を使ってしまっただけで……」


 その言葉を聞いたアメル国王は驚いた顔をして、「なんと! 自ら望んだ選択ではなかったというのか?」と声を上げた。


「うん。……だって私、あなた達みたいな海底人じゃないし……本来ならこの役職って、あなた達の国の誰かがやる仕事なんでしょ? だから、私だときっと御門違いになると思うし、それに、この先百年もの間王国を守らなきゃいけないなんて、私にはとてもできないよ」


 深色の話を聞いていた国王は、腕を組んで唸った。


「うむ……しかし、我の統治しておるアテルリア王国を含め、今この海全域が危機に晒されておることはさっきも話しただろう? クラーケンの呪いによって海は汚され、挙句の果てにはあのような国土の平和を脅かす野蛮な海賊共まで現れてしまった。……混沌としてしまっている海に再び均衡と平和を取り戻す為にも、今の我々には、新たな英雄が必要なのだ」


 そして国王は、「それに――」と付け足すように言葉を続ける。


「幾世紀に渡って続いたこれまでの歴史とは異なり、海底人でない別種族の人物が槍の力を手にすることによって、あるいは、海底人が持つよりも更に強大なパワーを発揮できる可能性だってあるかもしれん」


「……更なる力? 私が槍を持つことで?」


 深色は自分を指差し、きょとんと首を傾げる。あえて本来と違う種族が槍を握ることで、発揮される力が増すことなんて本当にあるのだろうか? 深色の中でそんな疑問が拭えなかった。


「――とにかく、今、我がアテルリア王国は、クラーケンの呪いによって混乱を極め、国民たちも皆怯えてしまっておるのだ。だから、どうか是非、我が王国の王都アステベルへ足を運んではもらえぬだろうか? 勇者ミイロの姿を一目見れば、我が国民たちも勇気付けられ、お互いを鼓舞して国全体の覇気も高まるに違いない」


 そう言われて、深色は流石に断る訳にもいかず、仕方なく「はぁ……分かったわよ」と頭を垂れた。


「……でも、その王都ナンチャラへの行き方って、クロちゃん分かる?」


 深色がそうクロムに尋ねるが、彼は首を振って「分かんないよ。だってボクも行ったことないもん」と答えた。


「王都への行き方なら心配いらぬ。ここに王都への道筋を示した地図がある。持って行くがよい」


 すると、国王を映していたカニのカラクリの口元が開き、中から小さな腕輪が吐き出された。深色は怪訝そうにその腕輪を手に取り、腕にはめると内蔵された海底地図が立体映像となって浮かび上がり、王都らしき場所と、今自分たちの居る現在地とが、赤と青の点で表示された。


「はぁ……地上に帰れるのはまだ当分先になりそうだなぁ……」


 深色はこの先もまだ海の中に居続けなければならないことを思い、がくりと項垂れてしまった――が、彼女はすぐに頭を上げて「ただしっ!」と声を上げ、ビシッと国王を指差す。


「言っておくけど、私は百年も王国を守るつもりなんてないからね! 今この海で起こってるいざこざが片付いたら、すぐにでもアクアナントカなんて辞めて、こんなバカみたいな衣装も脱ぎ捨てちゃうんだから!」


 国王は深色の勢いに押され、後退りしながら両手を前に出し、「……わ、分かった分かった」と焦りながら答えた。


「やれやれ……王国の守護神とはいえ、色々と当たりのキツいお嬢さんだ……」


 「ふん!」と腕を組んでぷいと踵を返し離れてゆく深色を横目に、アメル国王は密かにそう呟いて、溜め息を漏らした。すると、その言葉を聞き逃さなかったクロムが、国王に向かって同情の言葉を返す。


「仕方がないよ国王様。地上の人間って、きっとみんなあんな感じの変な奴ばっかりなんだよ。色々と分からないことが多いし、よく変なことを口走るし、時々平気で無茶もやらかすから、本当に参っちゃう。……あっ、ほら! さっき渡された地図の見方も分からずに、もう見当違いの方に進んじゃってるしさぁ……本当に世話の焼けるお馬鹿さんなんだから。――じゃ、ボクはあの方向音痴の道案内をしないといけないから、また後でね、国王様」


 クロムは国王に向かってぺこりと一礼してから、深色の後を追いかけていった。


「――ふむ……話を聞く限りでは、二人とも互いのことを毛嫌いしておるようだが、今回の事件を経て、二人の間には強い絆が芽生えてしまったと見える。……最近の若者の持つ仲間意識というのは、なんとも複雑であるな……」


 アメル国王は腕を組み、眉間に皺を寄せて唸りながら、遠ざかってゆく二人の背中を見送っていたのだった。

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