19.また、会えるかな?

 ――散々に破壊され、瓦礫の山と化した神殿内は、暫しの間、墓場のような沈黙に包まれていた。


 ……が、やがて瓦礫の一つが大きく崩れ落ち、槍を持った深色とクロムが姿を現す。


「あいたたた……クロちゃん大丈夫?」


「ボクは別に平気さ。それにしてもなんて奴らだ! ボクらの隙を突いていきなり攻撃するなんて、卑怯千万ハリセンボンだよ!」


 クロムは先制攻撃されたことにかなり立腹している様子だったが、深色はそんな彼に構わず、すぐさまアッコロたちの逃げていった壁の穴へと目を向ける。


「アッコロを追いかけなくちゃ!」


 深色は槍を構え直し、三叉槍トライデントの力で一気に穴の奥へと突き進んでゆく。


「えっ⁉︎ ちょ、ちょっと待ってよ深色っ!」


 クロムの声を置き去りにし、深色は止まることなく穴の奥を突き進む。黄金の槍は深色の意思を汲み取り、真っ暗な穴の中に金色の光を巻き散らしながら持ち主を奥へ奥へと導いてゆく。


 そしてついに穴を抜けて、深色は広い空間の中に飛び出した。そこは断崖絶壁となった巨大なクレバスが横長に広がる深海で、足下には光の届かぬ深淵の闇が広がっていた。


 上を見ると、真横に裂けたクレバスの入り口が見えた。地上の光を受けて群青色を帯びる海中に、魚のような小さな影が一つ、遥か遠方に浮かんでいるのが見えた。しかしよく目を凝らして見ると、それは魚ではなく、細長い飛行船のような形をした潜水艦だった。おそらく、アッコロはあの中に乗っているのだろう。既にエンジン音も聞こえない程に距離を離されてしまい、深色は深い群青色の中に潜水艦が消えてゆくのを、その場でただ見ていることしかできなかった。


「ちょっと深色! ボクを置いて先に行かないでよ。いくらボクの泳ぎが速いといっても、槍のスピードには敵わないんだから」


 少しして、クロムがぶつくさ文句を言いながら穴から出てきた。


「……あの子に逃げられちゃった」


 深色は遠くの方を見つめたまま肩を落とし、虚ろな声を漏らす。そんな気落ちする彼女の様子は、まるで一生出られることのない井戸の中で、空に焦がれて入り口を見上げている蛙のように見えた。


「どうしてそんな悲し気な顔をしているのさ?」


 クロムが不思議そうに尋ねる。


「んー? ……あぁ、いや、なんだかあの子さ、私に向かって強気にあんなこと言ってたけど、どうも無理して強がっているように見えたんだよね。何でそこまで意固地にならなきゃいけないんだろう? って思ってさ」


 深色が素直にそう疑問を口にすると、クロムは深色を取り巻くように泳ぎ回り、「呆れた!」と声を上げた。


「本当に君って奴は、何でそう呑気で居られるんだよ! あいつは君を殺そうとしたんだよ! 手にしてるその槍が無かったら、今頃君はここに居なかったかもしれないんだ。まったく酷い奴らだよ。血も涙もない冷徹な悪党だ! ちっぽけで薄汚いハナクソ野郎! 勝手にほじられて死んじまえ!!」


 クロムは思いつく限りの罵倒の数々を、潜水艦の消えていった方角へ向かってひたすら投げ続けていた。


(――あの子とは、友達になれそうだったのにな……)


 仲を深める好機を逃してしまい、少し残念に思えて感慨に耽る中、ふと、深色はある事を思い付く。


「あっ……じゃあ、『コロちゃん』にしよう!」


「はい?」


 やぶから棒に深色の口からそんな言葉が飛び出し、クロムは呆けた顔をする。


「あの子の名前だよ。アッコロだから、コロちゃん! どう?」


「ちょっと! 敵にまで変な渾名を付けないでよ!」


 クロムが牙を剥き出して怒り、「まったく、君という人間は本当にどうかしてるよ!」と、やりきれないように叫んだ。


 ――けれども、言ってしまえば深色はそういう人間だった。起きてしまったことを今更ねちねち考えていても仕方がない。確かにあの海賊の子に殺されそうになったのは事実なのだが、現に今はこんなに元気なのだから、万事オーケー。成り行きで妙な力を手に入れてはしまったが、これでこの先どんなピンチに直面しても、取り敢えずはこの力でどうにか乗り切れるだろう。物事を深刻に捉え過ぎない、何事が起きても常にあっさり受け流してゆく。あまりにあっさりし過ぎていて、それ故にまたクロムに色々とガミガミ言われてしまいそうだけれども、これが彼女の本来のスタンスなのだから仕方がないのであった。


(――また、いつかあの子と会える日が来るのかな?)


 深色は密かに、あの海賊の少女と再会することを望んでいた。会えばまた、敵対されることを分かっていながら……

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