18.矛と盾
深色は唖然とした。どうして自分と同じ高校生くらいの女の子が、こんな化け物みたいな鎧を着て海賊なんかに? 深色の目には、とても彼女が海賊行為を働くような悪い人物には見えなかった。逆に、彼女が問答無用で自分に攻撃を仕掛けてきたこと自体が信じられなかった。
アッコロの青い瞳が、目の前に立つ深色の姿を捉えた。途端に彼女の口元は引きつり、眉間には深いしわが寄った。深色に向かって精一杯の憎悪の感情をぶつけているようだったが、そんな彼女の目の奥には、どこか悲し気な光が宿っていた。
そんな敵意剥き出しな目で睨まれてしまった深色はたじろぐ。先に攻撃を仕掛けてきたのはアッコロの方であり、それに対する正当防衛だと言ってしまえばそれまでなのだが、相手が自分と同じ女の子だとわかった深色は、彼女を傷付けてしまったことに罪悪感を覚えてしまい、その場で大きく頭を下げた。
「ごっ、ごめんなさいっ! 少し強くやり過ぎちゃったかもしれない……あの、頬の怪我は大丈夫? 痛くない? って、痛いに決まってるよね……」
敵である深色から突然謝られて、アッコロは驚いたように目を見開く。
そして、やがて彼女は、悔しそうに歯噛みしながら
「………どうして――」
海賊少女の口元が薄く開き、微かな言葉が漏れる。その声は消え入るように小さく、深色はアッコロの言葉を最後まで聞くことができなかった。
「どうして、あなたは選んでしまったの……」
「えっ? 今何て――」
――と、その時、神殿内に突然爆音が響き渡り、二人の会話は途切れた。水中に爆煙が舞い上がり、驚いた深色は慌ててその場から離れる。
「……こ、今度は一体何なの?」
爆煙の
そして、アッコロと同じ四本のカラクリ脚を背中に生やしたアーマーを着る海賊がもう一人、穴の中から現れたのである。
「……やはり手遅れだったか。――アッコロ、ここは一旦撤退する。ついて来い」
一本線のバイザーが走る巨大なヘルメットの内側から、低い男の声が聞こえた。その声には冷徹な落ち着きが感じられ、大地が震えるように威厳な響きがあった。彼の着ているアーマーには、至る所に傷や黒く焦げた跡が刻まれていたが、その傷は、このアーマーを纏う人物が、これまで幾度となく戦いの中に身を投じてきたことを物語っており、同時に歴戦の
「ヴィクター! で、でも、槍はまだあいつらが――」
アッコロは慌てて反論しようとした。あの槍を手に入れるまでは絶対に退くことなんてできない。その不屈の意思を彼に伝えようとした。しかし「ヴィクター」と呼ばれた男は、アッコロの意見を跳ね除けるように言った。
「撤退する。――同じことを二度も言わせるな」
その声は恐ろしい程に低音で、声色には
「ぐっ………了解――」
アッコロは残る力を振り絞って立ち上がり、男の居る元へ戻ってゆく。
「ねぇ待って! あなたたちって、本当に海賊なの? どうして、あなたみたいな子が、そこまでしてこの槍を奪わなきゃならないの?」
深色が、離れてゆくアッコロの背中に向かって声を上げた。
アッコロはその場で立ち止まり、振り返る。ヘルメットにできた亀裂の隙間から、彼女の視線が覗く。
目が合った深色は、思わずその場に立ちすくむ。ついさっきまで、アッコロがヘルメットの裂け目の奥に見せていた、あのどことなく悲しげな表情が、今ではすっかり消え失せてしまっていた。今の彼女の目は、ナイフのように鋭く、瞳の奥には憤怒の炎がゆらゆらと揺れていた。それはまるで、敵意を剥き出しにして相手をけん制する獣のような目だった。
「……あなた、名前は?」
静かにそう尋ねられ、深色は戸惑いつつも自分の名前を答える。
「えと……瑠璃原深色」
アッコロは、暫しの間瞳を閉じる。その間、深色は彼女が少し迷うようなそぶりを見せたように思えた。しかし、やがてアッコロは意を決したように目を開いて、はっきりとよく通った声で、告げるように言った。
「……私たちは、反王国組織『アイギスの盾』。王国の守護神、アクアランサーの持つ黄金の槍に対抗すべく結成された組織。……深色、アクアランサーになってしまった以上、私たちはあなたを許すわけにはいかない。絶対に――絶対にあなたを倒して、その槍を奪い取る。……『腰抜けの王と、無能な操り人形に、容赦なき鉄槌を』!」
最後に組織の掲げるスローガンらしき言葉を口にして、アッコロは再び深色に背を向ける。
「ちょっと待って! どうして私が悪者扱いされなきゃならないの――」
そこまで言おうとして深色はハッと言葉を飲み込んだ。アッコロの背後に控えていたアーマー姿の男が、肩に細い筒を三つ束ねた武器のようなものを背負い、こちらに向けて構えているのが見えたのだ。
次の瞬間、筒に詰められていた細い棒状の何かが白い泡とともに発射され、尾を引きながら深色のすぐ近くの地面に着弾。刹那、爆音を上げて炸裂する。
「きゃっ‼︎」
起きた爆発で周囲の海水が一気に膨張し、強烈な水圧を受けて深色は吹き飛ばされてしまう。男が深色に向かって放ったのは、小型の魚雷だった。撃ち出された残り二本の魚雷は、クロムの隠れていた柱の根本に直撃し、柱はぐらりと傾いてクロムのすぐ頭上へ倒れてゆく。
「あっ、クロちゃん危ないっ!」
深色は即座にクロムのもとへ泳ぎ、倒れる柱ごと槍で突いて粉々に粉砕する。しかし、細かくなった破片がクロムと深色の上に降り
「――行くぞ。遅れをとるな」
アーマーを着た男は、深色たちががれきに埋もれたのを確認してからアッコロに向かってそう指示して、肩に担いでいた小型魚雷の
「……はい」
アッコロは男の背中を追おうとし、ふと立ち止まって、深色たちの居た方を振り返る。
――その間、彼女が何を思っていたのかは分からない。アッコロは、どこか後ろ髪を引かれるような苦い表情で、廃墟と化した神殿を見つめていたが、やがて踵を返し、男の跡を追って穴の奥へと姿を消した。
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