17.神殿の戦い

 深色は手に持った槍を宙高く掲げると、海賊の一人に目掛けて勢いよく振りかぶった。狙われた海賊の男は咄嗟に両腕を前にクロスし防御姿勢を取ったが、放たれた槍は水中を矢の如く高速で飛び、まるでピッチフォークでわらの塊を突くように、いとも容易く防御を砕いて鋼鉄のアーマーごと男の胸を刺し貫いた。


 グシャッと缶の潰れるような音がして、串刺しにされた男は悲鳴を上げるより先に絶命し、勢い余って後方へ吹き飛ばされる。そのまま海中を飛んで壁に突き刺さり、哀れな男は壁に磔にされたまま、四肢をだらりと垂らして動かなくなった。


「おいノルマンっ! ……ち、畜生っ! 化け物めっ!」


 もう一人の海賊の男が、さっきの男のかたきと言わんばかりに、腰に携えていた鋼の剣を抜き、満身の力をもって深色の胸元に剣先を突き立てる。


 しかし、刃は鈍い音を立てただけで、その切っ先は深色の肌に食い込むどころか、彼女の着る薄っぺらい白スク水衣装すら貫通できずに食い止められてしまっていた。


 海賊の男は戦慄する。彼の着ているアーマーはパワースーツでもあり、内蔵されているカラクリの力を借りれば、通常の数倍以上の力を発揮することができる。そのアーマーが持ち得る力を全てを腕に集中させて剣を振るったというのに、剣の刃先は相手の肌すらも通らなかった。


「……あのさぁ、女の子の大事なところをそんな風に気安くタッチしてたら、マジで嫌われちゃうよ」


 深色は自分が気にしている胸に剣を突き立てられたことに対して憤りを覚え、片手で剣をつかむと、力任せに男の手から奪い取って、もう片方の腕で男を押しのけた。重厚なアーマーを着ているというのに、深色の腕に軽く押されただけで、男の体はボールのように簡単に吹き飛んで壁に激突。深くめり込んだまま動かなくなった。


「この剣レプリカなの? 触っても全然切れやしないじゃん」


 深色は奪い取った鋼の剣を胡散臭うさんくさい目で見てから、両手で刃をつかみ、片膝を使って中心から真っ二つに叩き折ってしまう。


「さて、と……残るは君だけだよ、頭でっかちの蜘蛛男くもおとこ君。私的には降参した方が身のためだと思うんだけどなぁ」


 折った剣をポイと投げ捨て、深色は最後の一人――背中に機械の四本脚を背負った海賊と向かい合う。仲間からアッコロと呼ばれていたその海賊は、深色の圧倒的な力量を見せつけられ、一瞬ひるんだように見えた。


 ――しかし次の瞬間、アッコロは背中から生えたカラクリ脚の一本を突き出し、脚先の爪で深色の身体を捕らえる。


「えっ、ちょっ⁉︎ ちょっとタンマっ!」


 深色もいきなりつかみ掛かってくるとは思っていなかったらしく、慌ててもがいたが、すでに手遅れ。機械の脚は深色をがっちりと掴んだまま、豪快なスナップを利かせて彼女を遠くへ放り投げる。深色は神殿の広間まで吹き飛ばされ、神殿の天井を支える柱の一本に激しく背中を打ち付けた。柱に走る放射状の亀裂が、その凄まじい威力を如実にょじつに表していたが、それでも深色の受けたダメージは微々たるものだったらしく、彼女はまだピンピンしていた。


「い、痛ったぁ……何よあいつ、いきなり女の子に暴力振るうとか、サイテーっ!」


「さっきまで散々あいつらに暴力振るってたくせによく言うよ」


 すると、さっきまで深色の前で大泣きしていたクロムが、けろっと態度を変えて彼女の元にやって来る。


「ってかさ、大丈夫なの? さっき背中に受けた怪我は? あの化け物に投げられて痛くなかったの?」


 再び皮肉をぶつけてくるいつもの冷たい態度に戻ったクロムだが、自分のことを心配してか、しつこく怪我のことを尋ねてくる彼を見て、深色は少し微笑ましく思った。


(こいつ、何だかんだ言って、やっぱり私のことが心配で仕方ないんだな)


 深色は心配するクロムを安心させようと、彼に向かってにこりと笑顔を見せて答える。


「私は大丈夫だから、とりあえず下がって――」


 しかし、その言葉は最後まで続かなかった。遠くから、まるで獲物に襲い掛かる獣の如く、機械の四肢を四方に開いて突進してくるアッコロの体当たりを喰らってしまったのだ。その衝撃は凄まじく、背後にあった支柱をも粉々に打ち砕いて、そのまま深色を地面に押し倒した。


 アッコロは背中から伸ばした四本の機械の脚で深色の両腕両足を捕らえ、完全に身動きを封じる。その押さえ付ける力は、先程相手した海賊の男たちとは比べものにならない程に凄まじく、黄金の槍によって覚醒した深色の力を持ってしても、ほぼ互角の戦いぶりを見せていた。


「くっ……もうっ! 離してよっ!」


 深色は必死に身をよじってアッコロの四つ脚から逃れようとするも、大の字にはりつけにされる形で完全に手足を封じられてしまい、全く身動きが取れない。


 その時、アッコロの頭に付けられた楕円形ヘルメットのバイザーが、再び赤く発光し始めた。発熱によって周囲の海水が沸騰し、泡立ち始める。


(――こいつ、まさかこの状態のままアレを撃つ気なの⁉︎)


 一度身に受けてしまった、あのヘルメットからほとばしる真っ赤なレーザーのことを思い出し、深色は戦慄する。あれ程の強力な攻撃を至近距離で受けてしまえば、いくら体が頑丈といえども高熱に耐えきれず蒸発してしまうだろう。逃れようにも、アッコロの背中から伸びる機械の四つ脚に四肢を抑えられ、文字通り手も足も出ない。万事休す、打つ手無しである。


(ヤバっ! 早くなんとかしないとお陀仏じゃん! くっ――せめて……せめて、あの槍さえここにあれば……)


 深色はぎゅっと目を閉じ、願った。


 あの黄金の槍が、再びこの手に戻って来てほしいと、心から願った。


(お願いっ……私のもとに戻って来て!………)


 ――そして次の瞬間、二人の間に強烈な衝撃が走る。


 それまで深色を押さえ付けていたアッコロの身体が一瞬にして吹き飛び、勢い余って地面の上を水切り石のようにバウンドしながら転がった。


 深色はハッと目を開く。ついさっきまで神殿の壁に刺さっていたはずの槍が、まるで深色の思いに呼応するように大きな弧を描いて回転しながら飛び、アッコロを背後から打ちのめしていたのである。


 深色は反射的に右腕を伸ばして、その手を高く掲げた。海中をブーメランのように飛び回っていた槍は、深色の手の動きに反応して、まるで調教された鷹の如く、回転したまま神殿の中を大きく旋回して持ち主の手の中へと納まる。


 戻ってきた槍をキャッチして、深色は再び構えを取った。


 不意を打たれてしまったアッコロは、即座に体勢を立て直し、限界までエネルギーが充填され真っ赤に燃えるバイザーを深色へと向ける。


 しかし、深色の動きの方が早かった。彼女は槍を握ったまま大きく跳躍し、槍の持つ推進力を駆使して、アッコロの懐へ飛び込んでゆく。


(撃たせる前に――突くっ‼︎)


 掲げられた矛先から渦が巻き起こり、まるで水竜のような白い尾を引きながら、槍は巨大なアッコロの頭部を一気に刺し貫いた。


 アッコロの被っていた巨大なヘルメットは強烈な一撃を受けて爽快な音と共に叩き割られ、破片が弾け飛んだ。


 アッコロの体が大きくけ反った。その瞬間、限界までヘルメットに蓄積されていたエネルギーが、ろくに狙いも定めないままバイザーから一気に噴き出した。暴発したレーザーは広範囲に飛散し、周囲に立ち並ぶ神殿の柱を瞬く間に薙ぎ倒していった。



 あちこちで伐採された樹木のように柱が崩れ落ちてゆく中、深色は地面に倒れたアッコロの傍へと近寄ってゆく。縦に大きく引き裂かれたように亀裂の入ったヘルメット。その隙間から垣間見えた、中の人物の顔を目にした深色は、驚愕のあまり歩み寄るその足を止めた。


「へっ⁉︎ ――お……女の、子?」


 ヘルメットの裂け目の奥に見えたのは、深色と同年代くらいの、青い瞳を持つ女の子だった。


 少し骨ばった細い首筋に、すらりとした輪郭りんかく。柔らかな頬には、先程の深色の攻撃で受けた傷が深く刻まれ、傷口から赤い血が煙のように水中へ溶け出ていた。キリリとした目元には深いコバルトブルーの髪がかかり、それまで内側に閉じ込められていた長髪がヘルメットの裂け目から飛び出して海藻のようにゆらゆらと漂っていた。

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