14.友達は守らなきゃ

 しかし、槍を奪おうとする海賊たちの前に、体を張って立ちはだかった者がいた。


「待てっ! この槍はボクらの尊敬するアクアランサーのためのものなんだぞ! お前たちみたいな海賊なんかに渡してたまるもんか!」


 小さな両ヒレを目一杯に広げて、ここは通さないと立ち塞がる巨大なシャチ、クロムだった。いきなり人でない生き物が目の前に現れて、海賊たちは驚愕する。


「おいおい何だよ、この喋るシャチは? 早くそこを退いて俺たちに槍を寄越すんだ! さっきのレーザーでこんがり焼き魚にされたくはねぇだろう?」


「だからボクはただの魚じゃないよ!」


 クロムは負けじとそう言い返す。背後で深色が、「ちょっと! 下手に刺激しない方がいいって!」と叫んでいるが、彼は聞く耳を持たず、頑強がんきょうに抵抗する。


 しかし、そこへ再びあの機械の四つ脚を持つ鎧を着た海賊が、クロムの前に進み出てきた。彼のヘルメットに取り付けられた一本線のバイザーは、さっきカニのカラクリを撃ち抜いた際に強力な熱線を発射した部分であり、既にエネルギーがチャージされているのか、バイザー部分が赤く光り始めている。


「いいかよく聞け魚野郎。こいつは槍を奪う為なら殺人でも何でも平気で犯すようなおっかねぇアッコロって奴だ。その四つ脚殺人マシンに殺されたくなけりゃ、言うことを聞いておいた方が身のためだぞ」


 アッコロと呼ばれる、機械の鎧を装着した寡黙な海賊は、これが最後の警告だと言わんばかりに真っ赤に加熱したバイザーをクロムに向ける。


 しかしクロムは断固としてその場を動かず、決して彼らに屈することはなかった。


「嫌だっ! この槍は誰にも渡すもんかっ‼︎」


 彼がそう叫んだ刹那、海賊の着けたヘルメットに限界までチャージされたエネルギーが、指向性を持つ赤い光線となって、バイザーから噴き出した。


「ぐっ!――」


 差し込んだ眩い光に、クロムは思わず目を閉じる。突き飛ばされるような衝撃を受けて背後に吹き飛び、壁に背中を打ち付けて地面に倒れた。


 ――しかし、衝撃はあったものの、何処も痛みは感じない。クロムは不思議に思って、そっと目を開いた。


「……っ! み、深色っ!?」


 クロムの前には、うつ伏せになって倒れている深色の姿があった。バイザーから放たれた高熱量の光線は、水中であるにもかかわらず深色の着ていた制服を一瞬にして焼き払い、彼女の背中の皮膚を溶かし、右腕を丸ごと吹き飛ばしていた。溶けた皮膚が破れたシャツのようにめくれ上がり、露出した骨すらも黒く焦がしてしまっている。


 彼はこの時、瞬時に悟った。深色が、その身を挺して自分をかばってくれたのだと。


 


 ついさっきまで自分の側に付き添ってくれていたパートナーの変わり果てた姿を見てしまったクロムは、その場で放心したまま、震えた声を絞り出す。


「な……なん、で……」


 彼は慌てて倒れている深色の側に泳ぎ寄り、耳元で叫んだ。


「何でボクを庇ったりなんかしたのさ! さっきカニのカラクリが粉々にされたの見ただろ! あんなの一撃でも喰らったらひとたまりもないこと分かってたはずなのに! なのに何で――」


 そこまで言った時、それまで閉じていた深色の目蓋が薄らと開き、今にも泣き出しそうなクロムに向かって優しく微笑みかけた。


「……だ、だって……クロちゃんは私の、人じゃない、初めての……お友達、だったから……」


(きっと、初めての親友だと思える程、クロちゃんのことが好きだったから――)


 言葉にできない深色は、心の中でそう呟く。


「だから……失いたく、なかった……んだ。へへ……」


 消え入るような声でそうささやいた途端、焼け爛れた背中から走る激痛に、彼女は苦悶くもんの声を上げた。これ程の傷を負ってしまえば、もはや彼女が生き絶えるのも時間の問題。助けるすべなんてない。ただ、弱って死んでゆくのを、目の前で見ていることしかできない。


 クロムはナイフのように鋭く尖った牙をぐっと噛み締め、今にも悶絶もんぜつしそうな深色の意識を懸命に引き止めるように、ひたすら耳元で叫び続けた。


「そんなのボクだって同じだっての! 何自分だけカッコいいとこ見せて満足しちゃってるのさ! 残されたボクのことも考えろよバカあぁっ‼︎」


 クロムはとうとうその場で泣き崩れてしまう。


 二人の様子を横目で見ていた海賊の一人が、「ちっ、だから言う通りにしときゃ良かったものを……」と脱力するように肩を落として首を横に振った。


 部下から冷酷と謳われた鋼鉄の鎧をまとう海賊アッコロも、一体何を思ったのか、沈黙を崩さぬまま、倒れた深色と泣き崩れたクロムの姿をじっと見つめていた。巨大なヘルメットのバイザーレンズに、寄り添う二人の様子が映り込む。


「……アッコロさん、気に病む気持ちは分かりますが、どちらにせよあれはもう手遅れです。我々は、我々の本来の目的を果たさねば」


 もう一人の海賊が、無言のまま二人を見つめるアッコロの肩に手を置いてそう言い諭す。この時の彼らは、冷酷無比な海賊に似合わぬ多少の罪悪感を抱いているようにも見えた。


 ――しかし、あと数十秒も保つかという散りかけた命を前に、海賊たちは諦めたように寄り添う二人から顔を背け、本来の目的である槍を奪おうとその手を伸ばした。

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