40.中央管理室にて
「……私だ。異常は無さそうか?」
如月は近くに居たオペレーターの一人に現状を確認させた。
「はい、A《アルファ》からZ《ズールー》まで、各海域を衛星画像にて視認、及び係留ブイ搭載のレーダーでスキャンしましたが、特に目立った異常は見られません」
「そうか。……で、例の海底地震の分布については?」
「未だ動きありません。各海域にて地殻変動による微小の連続振動は探知されていますが、突発的なイレギュラー反応は、まだ……」
「ふむ……分かった。監視を続けてくれ」
了解しました、とオペレーターは如月に向かって敬礼を返し、それから再び目の前のディスプレイに向き直って、画面上を流れてゆくコードの羅列の中へ意識を溶かしていった。
「やはり動き無しか……もう少しばかり様子を見るしかないな」
如月はぶつぶつ独り言をぼやきながら眉をひそめ、前方のスクリーン上にて常時更新され続けている計測データと睨めっこを続けている。
「凄い、なんかSF映画に出てくる宇宙船の艦橋にでも居るような気分……」
そんな如月やオペレーターたちとのやり取りが行われている様子を、深色は後ろで目をキラキラさせながら観察していた。
一方でクロムの方はというと……
「あっ、トシさんこんにちは! 僕、人間の姿に生まれ変わって戻って来たんだよ。凄いでしょ! あ、マヤさんもこんにちは! 僕だよ、クロムだよ。覚えてないの? 毎日会ってたくせに」
彼は黙々と画面に向かうオペレーターたちに気安く話しかけては、生まれ変わった自分の体を見せびらかして自慢していたのである。
「ちょっとクロちゃん! みんな仕事してるんだから気安く話しかけちゃ――って、あれ?」
身勝手なクロムの行動を止めようと駆け寄ろうとした深色だったが、ふとあることに気付いてその場で足を止める。
「あら、クロムちゃん? お久しぶり!」
「驚いたよ! 長いこと会わない間に随分と変わったね。その体はどうしたんだ?」
「クロムが立って歩いてる! 進化でもしちゃったのかよ⁉︎ 凄いな!」
クロムに話しかけられたオペレーターや研究員たちは、仕事を邪魔されたにもかかわらず、嫌な顔一つせずに、それまで懸命に打ち込んでいた作業の手を止めて、クロムの方に向き直って親身に会話を交わしてくれているのである。それまでシャチだったクロムが人間の肉体を持って現れ、ある人はその姿に驚愕し、ある人は人間になれたクロムを心から祝福し、お祝いの言葉を投げてくれていた。
……ここの人たちは随分と変わっている。それは深色がここまで来る間に出会った人々を見て嫌ほど感じたことではあったのだが、彼らはシャチ人間であるクロムに対しても怖がることなく、まるで普通の人間のように接してくれているのである。
いくら人間の体を持ったとはいえ、その姿はシャチと人間を足し合わせた異形の姿であり、黒と白に分かれたモノトーンの肌や、尻尾のようにお尻から伸びている尾ヒレ。ツルツル頭の上にはモヒカンのような背ビレが反り立っていて、裂けたように大きな口元には鋭い三角牙がずらりと並んでいる。そんな彼がにっと牙を剥き出して笑えば、普通なら誰もが恐れ慄いて逃げてしまうだろう。
ところがこの研究所では、そんな異形な存在であるクロムが人間たちのコミュニティに混じっても、ごく自然にその中に馴染んでしまうのである。
深色は不思議に思って彼らを眺めていると、彼女の心境を察したのか、如月が深色の隣にやって来てこう言う。
「クロムはクラムタウンの中で最も人気のある子だったからね。言葉が話せる数少ない生き物ということもあって、ここに居る誰もが彼のことを知っていたし、可愛がってくれていたんだ。クロムはそうして出会う人たち全員に、自分が人間になりたいという夢を誰彼構わず言いふらしていた。……だからみんな、人間になる夢が叶ったクロムのことを、本当に心から祝ってくれているのさ」
周りから人気の絶えず、多くの人から愛されるクロムの姿を見て、深色は少しばかり嫉妬するように彼から目線を逸らし、「ふーん、そうなんだ……」と小さく言葉を漏らした。
「――それに、彼には本当の両親が居ないんだ」
「えっ?」
唐突にそう暴露され、深色は驚いて如月の方に振り返った。
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