25.遊覧遊泳

 色鮮やかに煌めく都市。天高くそびえるビル街の隙間を縫うように、一筋の白い泡の線を引きながらドンガメは進んでゆく。


このドンガメと呼ばれる乗り物は二人乗りで、深色とクロム名乗る席は操縦席も兼ねており、深色の前に置かれた小型の操縦桿が常に自動で動いている。操縦席の天井を含めた上半分はガラス張りになっており、通り過ぎてゆく都市群を一望することができるようになっていた。最初、二人が初めてドンガメを見た際は船の中まで見えなかったのだが、それはミラーガラスを使っているからであり、外からだと内側が見えない仕組みになっていたのである。


「すごーい‼︎ ねぇ見て見て、街中を大きなクラゲが浮かんでる!」


「ホントだ! なんかテレビCMみたいなのが大画面で映ってるけど、何だろ?」


 流れてゆく光景を目の当たりにして大興奮している二人は、さながら修学旅行のバスの中で騒ぎ立てる学生のようである。


『あれはアドクラゲという生体建造物で、深海にしか生息しない巨大クラゲに立体投影装置を埋め込んで放流させることで、あのように都市を巡る広告塔として機能させています』


 そして、そんな大はしゃぎの二人に対して、ドンガメの音声アナウンスが、まるでバスガイドのように懇切丁寧に説明してくれる。


「ねぇねぇ! あの貝殻の屋根が寄せ集まったような建物は何なの?」


『あれは王都内にある建造物の中でも最古に建てられたとされる大闘技場コロシアムです。この闘技場は約三千五百年前に建てられたとされており、当時この国の王権は最も武闘の才に秀でた者が有するべきであるという法律が定められていました。その為、前国王が亡くなられると、ここで大武闘大会が開催され、王国一の最強の座を巡り、多くの勇者がここで決闘を繰り広げたとされています』


「へぇ〜。じゃああれは?」


『あれは王都へ直通するメインストリートです。前方に見えますのが凱旋門で、かつて王国が劣勢だった頃、他国の侵略からロシュメイル城を防衛する為、国王率いる軍隊とアクアランサー率いる親衛隊が、最後の砦であるこの門前に立ちはだかり、数千と押し寄せる敵を押し留め、王都を守り抜いたとされています』


「へぇ〜……」


 確か国王の話によれば、アクアランサーは百年に一度というサイクルで交代して国の防衛に務める仕組みになっており、その防衛体制のおかげで、この王国は四千年の長い歴史を維持することができたと語っていた。


 そして、持つ者に果てしないパワーと能力、そして若さと美しさをも与えることのできるこの槍を、代々多くの選ばれし者が受け継いできたことで、この国はこれまでに幾つもの困難と危機を乗り越え、これまで平和な世界を維持し続けることができたとも――


 そこまで考えていた時、メインストリートを進んでいたドンガメの進行方向先から、小さな爆炎が上がった。


「ねぇ深色、あれ見て!」


 クロムが指差す前方、黒い煙の立ち上るメインストリートには瞬く間に混乱が広がり、あちこちに逃げ惑う人々が見えた。


 その様子は、遠くから見る深色たちの目には、まるで巣を踏み潰されてパニックに陥る蟻の大群ように映る。


 そんな大混乱の光景が、瞬く間に背後へ遠のいていった。


『――アクアランサーの座に着く者が居なくなってしまった今、王国は混乱しています。国内のあちこちで反王国派の暴動や反乱が起こり、国民の日常は脅かされる一方です。……我々には、王国の次世代を担う新たな英雄――新たなアクアランサーが必要なのです』


 アナウンスはそう説明してから『この先暴動が起きておりますので、高度を上げさせていただきます』と警告し、操縦桿が引かれて、地上から距離を取るように船体が上昇を始めた。


 深色はふと、ドンガメのフロントガラスに映った自分の姿を見た。


 その首元に刻まれた、刺青のような黒い痣模様。『槍士の称号ランサータトゥー』が目に留まる。


「アクアランサー……かぁ」


 深色は、隣に立てかけてるようにして置かれた三叉槍をちらと見やった。


 アッコロの放ったレーザーに撃たれて生死の境目を彷徨っていた時、唐突に語りかけてきた、あの奇妙な声――


 きっとあの声は、この槍から放たれたものだったのだろうと深色は思った。


『……大切ナ人ヲ、護ルタメノ、チカラガ、欲シイカ?』


 槍は彼女に向かってそう問いかけた。そして彼女は迷いつつもイエスと答えた。……だから、今の深色がここに居る。槍の力によって生かされた深色が、ここに居る。


 深色は生かされた。そして、力を与えられた。


 何の為に? 誰の為に? 魅力いっぱいのこの海を、思う存分に堪能する為? 有り余る力を使って、トビウオみたいに海の上を駆け回る為?


 ……いや、違う。大切な人――深色にとっては相棒のクロム。そして、かつてアクアランサーだった先人たちにとっては、この国に住む全ての民、ということになるのだろう。


(クロム一人だけならまだしも……こんなに多くの人たちを、私一人で守れるのかな?)


 深色は、頬杖をついて夢見るように呆けた表情のまま、フロントガラスの外を流れてゆく高層ビル街の光を碧眼の瞳に映していた。

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