深度3000M 海底都市は大騒ぎ!

24.王都アステベル

「……ねぇ、深色」


「何?」


「やっぱり絶対ここじゃないと思う。ちゃんと地図見たの?」


「何度も見直したけど、ここしか入口は無かったよ」


「本当に? 間違ってない? よく確認した?」


「何度も確認したよ。何でそう疑うの?」


「だってさぁ……」


 クロムは怪訝な顔をして目の前を見つめる。


 深色とクロムの前にあったのは、巨大な壁――正確には、海溝の崖に埋め込まれた、高さ十メートルはあるかと思われる巨大な門だったのだが、その門には如何なる者も通しはしないとばかりに重厚な扉で塞がれ、小魚一匹抜ける隙間すら無かった。


 しかも、奇妙なのはそれだけではない。


「周りを見てよ、ボクらの他に人っ子ひとり居ないんだよ。あの巨大な王国アテルリアの都の入口前なのに、誰も通っていないなんておかしいじゃないか!」


 確かにクロムの言う通り、門前には二人の他に人影は見えず、辺りはやけに静まりかえっている。


 閉め切られた巨大な門も、閉めてから大分時間が経つのか、手入れしないままの扉に彫られた緻密な彫刻の表面にはフジツボが大量に付着し、綺麗に塗られていた塗装にもうっすらと塵がかかって、遠くから見ると色褪せたように映ってしまっていた。


「……まぁ、呼べば誰か来てくれるんじゃないの?」


 そう言って、深色は遠慮もせずに分厚い扉に拳を打ち当てた。


 ドォンドォン――とノック音が海中に鳴り響く。しかし、辺りは再び静けさに包まれた。


「こんちは―――!」


 次に深色は扉に向かって叫んでみた。


「誰か居ませんか―――!」


 しかし、返ってくるのは沈黙のみ。


「もしも――し! あなたたちの王様に呼ばれて来たんですけど――!」


 ――ゴゥン………


 その時、扉の奥で何かが反応した。


 突然、扉中央に掘り込まれていたホタテ貝の彫刻がパカリと開き、中から機械仕掛けの細いアームに繋がれた監視カメラのような装置が飛び出した。装置の先にはレンズらしき一つ目がぎょろりと覗いており、巨大な水晶体が二人を捕らえる。


「うえっ」


 深色は思わず声を上げた。機械仕掛けの一つ目は、まるでカメラのシャッターを切るように瞼をぱちぱちさせて、暫くの間じっと二人を見つめていた。


 そしてやがて、何処かにスピーカーでも付いているのか、ザザザッとノイズのようなざらついた音がして、次に緩い男の子の声が返ってきた。


「んあぁ……お客さん? ねぇリラー、お客さんだって」


 どうやらカメラの奥には二人の門番が居るらしく、遠くの方から飛んでくる女性の声をスピーカーが拾う。


「はぁ? お客だって? こんなご時世に国の外から来る奴なんて、きっとろくな奴じゃ――」


 その声は徐々に近付いていき、二人の姿を一目見たのか、そこまで言った途端言葉が途切れ、次に叫び声が飛んだ。


「ちょっと! あの人ひょっとしてアクアランサーじゃないの⁉︎」


「アクアランサーって、あの国の守り神の?」


「そうだよ! ほら衣装をよく見なよ。やっぱり間違いない!」


「へぇ〜。……でも、何でこんなところに神様が立ってるのさ?」


「バカ! つべこべ言ってないで早く門を開けておやり! ……あ、あの! 少々お待ちくださいね!」


 シューン――パコン。


 目玉の付いたカメラが瞬く間に扉の奥に引っ込み、ホタテ貝を模した蓋が閉じられた。


 取り残された深色とクロムは、終始口をあんぐり開けたまま、そこに佇んでしまっていた。


 扉の奥で歯車の噛み合う音がし、石臼を挽くような音と共に、分厚い門の扉が、真ん中から真っ二つに割れて開いてゆく。


「……ほら、案外すぐに開けてくれたじゃん」


 扉が開くのを見て、気を取り直した深色がそう答えた。


「う〜ん……良いのかな? 他所の人をこんな簡単に中に入れちゃいけないような気もするんだけど……」


 クロムは首を傾げながらも、深色と共に中へと歩んでゆく。


 ――そして、扉の奥に広がる光景を見て、二人は驚愕した。


 二人の目に映ったのは、まるで近未来SF映画に登場するような、煌々とした都市だった。


 都市と言っても、人間が暮らす都市とは程遠い外観をしており、まるで野草のツクシのような外見をした高層ビルがあちこちに立ち並び、各階層から漏れる明かりがビル全体を七色に美しく染め上げている。


 高層ビル群の真下には、珊瑚礁を彷彿とさせる赤や緑の半円状ドームが構えており、表面をびっしりと覆う半透明の突起物が海流にあおられて波打つように揺れている。


 更には、地上に設けられた広い幹線道路上を、亀や海老を模した乗り物がありの群れのように列を成して進み、高層ビルの間を縫うように走る透明な管は、列車の線路なのだろうか? 無数の客車を数珠に繋げたウナギのような乗り物が、その管の中を猛スピードで滑り抜けてゆく。


 その異様かつ壮大な都市群を目の当たりにした二人は、その幻想的光景を前に言葉を失った。深色は、まるで夢でも見ているような顔付きで、七色の光が揺らめく摩天楼を見上げる。


「……凄い、これが王国の都なの?」


「うん……ボク、これまで海の中で色々なものをごまんと見てきたけど……こんな綺麗な景色は、初めて見たかも……」


 辺りをぐるりと見回しながら歩く深色とクロムは、周りから見れば少し変な様子に映ってしまったことだろう。


 そんな上ばかり見て歩いていた二人は、前から音も無く近づいて来るある乗り物に気付かなかった。


「――ん? 何だあれ?」


 やって来た乗り物は、二人の前まで来ると横滑りして止まる。


 その乗り物はまるでカブトガニのような外見をした小型の船で、半円状をした丸い胴体に細い尻尾がくっ付いている。完全に止まると、胴の下から五対の脚を伸ばして地面に船体を固定した。


 シューン、と静かな音を立てて乗り物側面の扉が開き、タラップが降りる。


『――ようこそお越しくださいました。王都アステベルの中心部にあるロシュメイル城にて、国王様がお待ちです。お城までお送りいたしますので、どうぞお乗りください』


 音声アナウンスらしき綺麗な女性の声が、乗り物の中から呼び掛けてくる。


 二人は顔を見合わせて怪訝な顔をするも、国王の場所まで案内してくれるということで、こちらから行く手間が省けたことを良く思った二人は互いにこくりと頷き合い、乗り物の中に乗り込んだ。


「あれ? 運転手が居ないんだけど……」


『ご心配には及びません。このドンガメは自動運転オートドライブモードに設定してあります。目的地まで、あなた方を安全にお連れ致しますので、ご安心ください』


「ドンガメって、この乗り物の名前?」


「そうみたい……変なの」


 深色はドンガメと呼ばれるこの乗り物の外見をどうも好きにはなれなかったのだが、乗り心地は良さそうだったので、クロムと一緒に席に着く。


『では、出発いたします。快適な海の旅をお楽しみ下さい』


 ドンガメは、下ろしていたタラップを引き上げて扉を閉めると、二人を乗せたままふわりと宙高く浮き上がり、都市中心部に向かって緩やかな海中飛行を開始した。

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