深度2000M アクアランサー爆誕!

12.襲撃

 今度は深色が困り果てる番だった。


「……でも私、地上に帰らなきゃいけないし、とてもそんな責任重大な役、引き受けるわけには――」


 深色がそこまで言いかけた時、喚いていたアメル国王が唐突に『もしこのままいけば――』と、この先起きる事を危惧するかのように眉をひそめて口を挟んできた。


『今は何も起きていないかもしれんが、いずれクラーケンの振りく厄災は、海底は疎か、海の上――地上の世界をも侵食してしまうやもしれぬ。そうなれば、其方の暮らす街とて、ただでは済まぬだろう』


 不吉な警告を聞かされ、深色は思わず数歩後退る。


「そんな……そんなにヤバい化け物を、今までずっと海底に封じ込めていたっていうの?」


『あくまで可能性の範疇はんちゅうでの話だがな。……しかし、相手の力は未知数。高度な文明を持つ我々であっても、奴を止めることはできなかった。このまま野放しにしておけば、アテルリア王国は近いうちに乗っ取られる。しかし、奴の抱く欲望と執念しゅうねんは底無しだ。海底を支配するだけでは飽き足らず、地上の世界にまで手を出す可能性も、十分に考えられるだろう』


 ――これまで、自分の住んでいる世界とは縁のない話だと思い、国王の話も適当に聞き流していた深色。


 しかし、魔物の力が地上にまで及ぶことがもし事実であるのなら、いよいよ他人事では済まされなくなってきた。


「……でも、私は――」


 深色は、ついさっき放ったばかりの言い訳を二度も繰り返そうとして、思わず口をつぐんだ。言い訳ばかりしかできない自分が、何だか急に大人気なく思えてきて、少し恥ずかしくなる。


 本当は引き受けたい気持ちも無いことはなかった。王様もあれだけ自分の国のことを心配して一生懸命に懇願して、クロムも自分の背中を後押ししてくれている。もし自分が彼らと同じ海底人だったなら、喜んで引き受けていたかもしれない。


(……でも、私は海底人じゃなくて人間なんだから、本来居るべき場所に戻らないといけないよね)


 そう深色は思った。四千年も続く歴史ある役職に選ばれたことは光栄なことなのかもしれないけれど、彼らは自分とは種族が違う。地上から来た人間があの槍を握ったことは、きっと王国史上誰一人として居ないのだろう。史上初の人間のアクアランサーというのも聞こえは良いのだが、初めてやることには様々なリスクが伴うものだ。もしかすると、史上初めてラスボスに負けてしまったという、先代のアクアランサーの二の舞を演じてしまうかもしれない。


(……やっぱり、この役は私には少し荷が重過ぎるなぁ)


 それまでずっと答えあぐねていた深色だったが、しばらく考えた後、ようやく彼女は自身の中で腹を決める。


 それに、アテルリア王国の全国民が憧れる程に栄誉ある役職であるのなら、王国にはまだまだあの槍を持ちたい志願者が、また幾らでも名乗りを上げてくるはずだ。それなら、自分よりもやる気のある彼らに譲ってあげることこそ、真に妥当な決断だろう。


 深色はそう思い、今度こそはっきりと自分の意思を、自分の決断を、王様に伝えようとした。


 しかし、その時だった。


 ――ズウゥゥゥウン……


 突然、神殿内に重々しい衝撃音が響き渡る。振動の波が海水を伝ってビリビリと全身に震わす。


「うわわっ! 今度は何だぁ?」


 驚いたクロムが素っ頓狂な声を上げた。その音と振動は、秘密の部屋の入口の方からやって来ているようだ。


『地震か? ……いや、まさか! 奴らがこの神殿を嗅ぎ付けてしまったのか⁉︎』


 立体映像投影装置ホログラムを搭載したカニのカラクリが、立体映像姿の王様を背中に乗せたまま、音のする方へ一目散に駆け出す。深色とクロムも、慌ててその後を追いかけた。


 槍の保管してあった部屋から出ると、秘密の部屋に通じるカラクリ扉が、外からの爆発によって吹き飛ばされ、瓦礫が散乱していた。爆発による粉塵ふんじんが周りに濃く取り巻いている。


 ――そして、突如として漂う粉塵の中から、人魂のように揺れる赤い眼光と共に、三人の人影が現れた。


 その影は人間の形は成しているものの、やけにずんぐりむっくりとしていて、一挙手一投足の動作がやけに重々しい。どうしてそのように見えるのか、理由はすぐに分かった。


 彼らは全身に金属製の重厚な鎧をまとっていたのである。その外見はまるで西洋の甲冑のようで、体の各部を覆う銀色の金属パーツが動く度に擦れて、彼らが一歩踏み出す度に鈍い音を周囲に撒き散らしていた。


 三人のうち左右に立つ二人、彼らの頭には、旧ドイツ軍の被る鉄兜シュタールヘルムを連想させるヘルメットが、そして顔にはガスマスクのような鉄の面が付けられており、その素顔は完全に隠れてしまっていた。鉄面の目元部分には暗視装置でも組み込まれているのか、ゴーグル中央に赤い点のような電子光が差し込み、彼らの両手にはライフルらしき見たこともない大型の武器のようなものがたずさえられている。


 武器を所持していることも然りだが、その以前に、どっしりとしてイカついその鎧姿からして、見る者に恐怖を与えるには十分過ぎる見た目である。


 しかし、そんな珍風貌な三人の中でも、特に異彩を放っている者が居た。


 三人のうち中央に構えている人物。彼だけは別格であることが、深色から見ても一目瞭然だった。


 おそらく彼は残り二人を率いるリーダーのような存在なのだろう。左右に控えている二人とは異なり、彼の頭部には、巨大な楕円形の金属製ヘルメットが装着されており、背中から伸びた太いホースがヘルメットの左右にそれぞれ接続されていた。そして顔面部分には横一本線のバイザーが取り付けられ、バイザーからは青い光が漏れ出ていた。


 更に、彼の装着する鎧の背中からは、まるで触手のようにうごめく機械仕掛けの脚が四本も伸びていた。その脚の造形は、まるで博物館に飾られている草食恐竜の尻尾の骨のようで、金属製の関節パーツを数珠じゅず状に繋ぎ合わせような複雑な造りをしていた。大蛇だいじゃのように自在にしなる四つ脚は、背中に接続された主人に意のままに操られ、うち二本は地面に付いて自重を支え、残る二本は鎌首をもたげて前方へ突き出し、先端に付いた四つの鉤爪を大きく開いて威嚇いかくの体勢を取っている。


 その姿は、さながら地を這う蜘蛛のようで、人の頭の倍もある鋼鉄ヘルメットとも相まって、完全に異形の怪物と化していた。

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