11.平穏は破られた
「ちょっと深色! どうしてそんなにあっさり申し出を断っちゃうのさ? あのアクアランサーだよ? アテルリア王国の全国民が憧れる、あの伝説の戦士になれるんだよ?」
逆に申し出を断る理由がないじゃないか! とでも言いたげに詰め寄ってくるクロム。そんな彼に向かって、深色はちっちっと人差し指を振る。
「だって私、ちゃんと覚えてたんだもん。国王がアクア
深色から疑いの目を向けられ、アメル国王は苦虫を噛み潰したような表情で、困ったように頭を
「タダでさえ魔物倒すだけでも面倒だってのに、その上百年も海の底に居なきゃいけないなんて真っ平。いくら永遠の若さを与えられたとしても無理な相談ね。やっと役目を終えて陸に上がったら、私の知ってる人はみんな死んでるか皺だらけの御老人になってましたなんて、浦島太郎の二の舞を演じるのは嫌だもん」
『う〜む……しかし、しかしだな……』
アメル国王は困り果てたように溜め息をついて項垂れてしまう。どうやらこの国王は、深色が軽い気持ちでアクアランサーになることを申し出るだろうと思っていたらしく、もしそうなれば後々本人が事実を知ろうとも、有無を言わさず百年間自分の王国の守護に当たらせようと本気で考えていたらしい。
「そのさぁ、肝心なところをサラッと流して契約を取り付けたらもう後々変更できませんとか、いかにも詐欺商法あるあるじゃん。一国の王様がそんなせこい手を使うとか、ちょっと引くなぁ……」
『そっ、そこまで言わなくても良いではないか!』
もはや国王としての威厳や
『だ、だがちょっと待ってくれ! 頼むから話だけでも聞いてくれ! 我がアテルリア王国は今、本当に危機の
とうとう国王は泣き付くように深色たちの見ている前でがくり膝をつき、懇願するように頭を地べたに何度も打ち付けて大声で叫んだ。
もはや国王としての威厳もへったくれもない態度を前に、二人がドン引きしたのは言うまでもない。しかし深色は、今さっき国王の放ったある一言に疑問を持った。
「ちょ、ちょい待ち。王様今さっき『あの事件があってから』って言ってたけど、一体何があって王国がそんな大変なことになっちゃったのよ?」
そう問われて、アメル国王は涙でしわくちゃになった顔を上げ、慌てて涙を拭いながら答えた。
『……あぁ、あの
国王は眉をひそめ、王国が危機に陥る原因となった事件について語り始める。
『――かつて、あの黄金の槍には其方とは別の所有者が居た。其方が槍に選ばれるよりも前にアクアランサーを務めていた者、すなわち、其方の前任者にあたる者だ』
前任者ということは、これまで代々続いてきたアクアランサーの系譜から考えれば、最も新しい代ということになる。その人物が、どうやら今回の事件と深く絡んでいるらしい。
『百年前、奴も其方と同様に「選別の目」に認められ、アクアランサーとして海を駆け回り、王国の守護者として活躍していた。――だが百年の時が経ち、クラーケンが封印から目覚めた時のことだ。アクアランサーだった其奴は、あの魔物を倒して再び封印させるべく、
国王は憤りを露わにし、何も悪いことはしていない深色とクロム二人の前で、次々と罵詈雑言を浴びせ始める。それまで泣き喚いていたかと思えば、今度は頭から蒸気を噴き出して怒り散らしているその姿を見た深色は、(情緒不安定な王様だな……)と内心で呆れていた。
「……で、その時に封印されるはずだった怪物は、今もまだ野放しにされていて、ひたすら王国に悪さをしていると、そういうこと?」
深色が事件の概要を整理するようにそう尋ねる。国王は感情的になり過ぎたせいで、ぜぇぜぇ息を切らしながら苦し気に頷いた。
『その通りだ。百年に一度選ばれたアクアランサーは、王国の守護者としてアテルリアの海を厄災から守り抜き、百年目を迎えるその年に、封印から解かれたクラーケンと戦い、これを倒して再び封印させる。ここでようやく、その者はアクアランサーとしての使命を全うしたと認められて任を解かれ、次に選ばれる後任のアクアランサーへと槍が受け継がれていく。――この百年のサイクルを延々と繰り返すことで、我が王国は四千年の間、海の魔物に脅かされることなく平穏な時代を維持し、こうして幾世代にも渡り繁栄し続けることができたのだ』
百年に一度封印から解き放たれる魔物と対抗するために、王国側からも百年に一度、魔物と同等の力を持つ戦士を一人選抜させる――
そんな海底王国で四千年も続けられてきた奇抜な防衛体制に、深色はふむふむと頷いて関心を示した。
しかし最近になって、その鉄壁な守りの要とも言えるアクアランサーに選ばれた先代の戦士が、クラーケンとの戦いに負けてしまい、それが原因でこれまで続いてきた防衛体制の要が断ち切られてしまったらしい。
「なるほどねぇ。流石にそんなことになれば、国家犯罪レベルの重罪を犯したと思われても仕方ないよなぁ……」
クラーケンを倒せずに職務放棄して逃げ出してしまった愚かな戦士とやらに、国王が怒り心頭になってしまうのも無理ないかも……と深色は密かに思った。
「全くもってその通り! そのおかげで、今の我が王国はどうだ? それまで活気で満ち満ちていた街は荒廃し、民の顔から笑顔は消え、治安は乱れ、犯罪は横行し、悪事を働く曲者たちが国中を我が物顔で闊歩しているという
アメル国王が大声で喚き散らしている中、後ろからクロムが構って欲しい子どものように鼻先で深色の背中を何度も小突いてくる。
「もう、何よ?」
「ねぇ深色……本当にアクアランサーになる申し出を断っちゃうの?」
深色は呆れて「そうよ、当たり前でしょ」と返そうとしたが、振り返ってクロムと目を合わせた時、その言葉は喉の奥へ引っ込んでしまう。
「……正直言うと、ボクも以前から何となくだけど悪い気配を感じていたんだよ。最近、何処の海を泳いでも、何だか水が妙に色
そう警告するクロムの目は何時になく真剣で、何だか彼らしくないその物言いが、事態の深刻さを物語っているように、深色には思えてならなかった。
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