第6話 花盗み
その小夏が、首をうなだれ始めてしまった。夏休みも終わりに近いころだった。
わたしは、あの愛くるしい小夏が病気になってしまったと心配になった。そりゃぁ鉢植えではないのだから、時期がくれば花もしおれるだろう。けれども、当時のわたしからしたら、一大事だった。小夏に限っては、うなだれてはいけない存在だった。
小夏はいつまでも愛らしく机の上で咲いていないと。
わたしはプールもない日に、花屋へ走った。
「お姉さん…」
声をかけようとしたときだった。
お姉さんのむこうに、もう一人、誰かいる。今まで見たことのない、男の人だ。
ふたりは抱きあっていた。そして、男の人がお姉さんに何かを話していた。お姉さんは、男の人の顔を見あげながら泣いていた。きれいな顔のまま。
ああ、美しい人は、本当に美しく泣くのだなぁ。わたしは幼心に、お姉さんの泣く姿にしばらく感傷的になり、しばらく動けなかった。
「さやかちゃん?」
お姉さんがわたしに気づいた。わたしははっとして、逃げるように立ち去った。
どうして逃げ出してしまったのか分からないが、わたしはそこにいてはいけない気がした。お姉さんにもいることをさとられたくなかった。あの空間には、小学生のわたしなんか、いてはいけなかった。
そう思った。
公園に逃げこむと、急にあの男の人が恨めしくなった。あの人は、色男だった。装いも、表情も、お姉さん同様清潔感があってとてもスマートな外観だったのに、どこか男の色を漂わせる雰囲気をかもしていた。
その男とお姉さんがふたりきりで、誰も入り込んではいけない空間をつくっていた。そのことが、わたしには腹立たしかった。わたしにとって、親切な清らかなお姉さんが、すっぽりと鷲づかみに盗まれたような気持ちになった。
けれども、わたしは絶対にお姉さんを取り返せないのだ。
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