の大冒険・ラブラブ・動物園

「諦めて大人しく暮らしているのが一番だ。それで世界が壊れちまったって誰もお嬢ちゃんを責めはしない。一太刀交えて俺に勝てないのはよく分かったはずだ。死に急ぐ事ないって俺は思うけどね」


 かえではその侍の言葉を聞きながら自分のことを考える。


 普通に生きて普通に死ぬものだとずっと思っていた。身近な人に死が訪れるにしてもそれはごく普通の状態でのことであって、理不尽に突然訪れるものではないと思っていた。


 でも、口裂け女に出会って物語の力の存在を知って、たすくという不思議な男の子にも会った。


 ドキドキするような大人の大冒険でもなかったし、ラブラブになりたいなんて思ってても秘めていたいくらいのちっさいもだったし、さよならするときもそんなに重苦しい雰囲気にしたくなかったのだから。それはそれで後悔なんてしてなかった。


 それなのに、突然いなくなったと聞いたときは理不尽さを感じた。口裂け女どころの話じゃない。ふっと消えてしまったそのことに不安も高まった。


 その時に決めたのだ。絶対に探し出すって。どんなことをしてでも……。


「ねえ。私ってきれい?」


 脈絡もない質問にさすがの侍も戸惑っている。


「なんだよ。急に。お嬢ちゃんの中ではきれいだと思うけどな。それがどうしたっていうんだ」

「これでも?」


 マスクはしていない。でも物語の力は楓の口元の形を変えるには十分な影響力を持っている。口が避けていく感覚とともに体に力がみなぎっていくのがわかる。これが口裂け女の力。


「げっ。まじかよ。そんなのありか」


 見た目に対してなのか。明らかに強くなった気配に対してなのか。それはわからないけれど。確かに侍は戸惑っていた。


 きっと行ける。そう信じて楓は2本の包丁を動物園のサルみたいに手を振り回しながら近づいていった。

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