おともだち・煮汁・隠れファン

「おともだちは、無事なのかしら?」


 色気のある女性がカウンターに腰掛けている。そこは小さな書店だ。店主は留守なようで彼女が誰に語りかけているのかはわからない。

 でも独り言ではないようで、時たまうなずいたりしながら会話しているようにしか見えなかった。


「そう。随分とひどいことになってるのね。心配じゃないの?」


 どうやら会話は成立しているようで、話は進んでいく。


「まあ、そうね。もともとそれだけの関係だったわね。それならわからないもないのだけれど。これでまた計画がひとつ頓挫したわ。それとも、これが狙いだったりするわけ?」


 その声に期待も、落胆もまとわりついてはいない。ただ、淡々と事実をのべているだけ。


「煮汁作るのはいいけど、煮すぎて焦がしたら、料理もうまく行かないこと。これまでもなんどもあったと思うんだけど。忘れちゃったのかしら。それとも彼はそれだけ特別だとでも?」


 女性はカウンターから離れると書店の中をぐるりと回って一冊の本を棚から取り出す。ハードカバーなそれをぺらぺらとめくる。その動作ひとつにすら彼女の色気が表れていて、書店の主が居ないくてよかったのだと、思えるほどだ。


「隠れファンも多いものね。目立った力じゃなかったけれど、こうなった今なら利用しない手はないってことなら、私もちょっと様子を見ることにするわ。それが望みなんでしょう」


 本をそのままカウンターに置くと彼女は書店を出ていく。彼女は扉を開けることなくその場から消え失せた。おそらく入ってくるときもそうだったのだろう。もとからそこには誰もいなかったような静けさの中でカウンターに置かれた本が時が進むのを象徴するように1ページめくれた。

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