おにぎり・新幹線・戦車
近頃随分とポカンとしてしまうなと思う。しかし、どうしたって考えが追い付かない状況が続いているのだから仕方ないのだと自分に言い聞かせる。それでもどうやって、昨日崩壊したはずの本屋さんが元通りになったのか考えないわけにはいかなかった。
『黄昏書店』
そう書かれた看板は何も古めいたままで新調したわけではないように見える。建物自体も傷があったり汚れがあったり、歴史を感じさせるその趣に新しさは感じられない。
「いらっしゃい。待ってたよ」
中から本屋さんの声がする。頭が整理できないまま入口をくぐる。
「昨日はゆっくり休めたかい?」
何事もなかったように会話を進めてくる本屋さんになにから問いかけていいのか頭の中がぐちゃぐちゃとしてしまう。
「あっ。おにぎり食べる?」
「あの、これは一体どうやってこうなるんですか」
よく見れば本のひとつひとつも元通りに見える。貴重なものもあるだろう、いちから揃えるのは困難なはずだ。
「ああ。そうだね。とりあえず座ってよ。ほかにお客さんもいないし」
椅子を差し出されてコーヒーまで用意されてしまった。確かにほかのお客さんは見当たらないのだけれど、お店の中でリラックスるのは気が引ける。
「世界は我々とは違う次元で意思を持っている。当然、話をすることはできないし意思疎通もできない。でも確かにそれは存在する」
いきなり話が始まって飲みかけたカップを途中で止めた。真剣な表情の本屋さんの横で隆司くんがおにぎりをおしいそうに食べている。
「普段の世界は強固なんだ。自らの意志を曲げることなく、今の世界をこうあろうと定義づけている。ただ、昼と、夜で意思が切り替わるみたいなんだ。二面性があるのかもしれない。まあ、誰も意思疎通ができないんだから推測に過ぎないのだけれど。ただ、この切り替わるタイミングが厄介でね。昼でも夜でもない時間。世界は自らを失う」
ごくりと唾を飲み込む。相変わらず話は突拍子もなくて理解できることなんてほとんどないのだけど。本屋さんの口調に飲まれていっているんだ。
「その自らを失っている間に物語から世界が漏れ出すんだ。じわじわと漏れ出すこともあれば一気にぶちまけることもある。これが昨日見た力の片鱗。君も体験したものの正体だ。これには質量保存の法則みたいなものが存在していて物語の世界が漏れ出すと漏れ出した量に等しいものが現実から物語に変化する君の腕が機械仕掛けになったのもそのせいだ」
わかったようなわからないような話が続く。
「世界は意思を持っているというのは物語の世界も一緒なようでね。ある程度、意思が強い物語からしかその現象は起きない」
「意思が強い物語?」
言っていることのイメージが浮かばない。
「これは仮説なのだけれど。現実世界がある程度認識している世界。つまり、大勢の人が認識している世界だと思っていいい」
ふわふわとしていてうまく理解できない。実際体験してしまったから、聞いているけれどこんなこと到底理解できるはずもない。
「まあ、誰にも分らないって言うのがひとつの答えではあるので、難しく考えなくていい。有名な物語ほど力が漏れやすいってこと」
誰にも理解できていないというなら今日聞いた自分が無理に理解する必要もないのだと割り切って本題に入る。
「それで、ここが元通りなのにそれがどうつながるんです?」
「昨日この建物は崩されたけどそれは物語の力だ。曖昧な時間帯に起きたことを世界は認めなかった。それだけのこと。例えば新幹線が物語の力により戦車に変えられてしまったとする。でも世界は頑固だからそれが戦車でなく新幹線であることを覚えているんだ。だから夜か昼になれば元通り」
「このお店が壊れたのは物語の力が原因で世界がその前のことを覚えていたから元通りになったってこと?確かに昨日の出来事は夕方でしたけど。そんなことが本当に」
「まあ、この通り元通りなんで信じてもらうしかないね」
昨日からポカンとすることしかできない。そして、話はまだまだ続くようだった。
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