腐女子・空飛ぶ・コンプレックス
「えっ。いや、ちょ、まって」
そんな言葉が出たのは、ビームが自分の隣を通過してからだし、なんなら後ろにあった本屋さんが半壊してからだ。
「この力を手に入れてから心地がいいんだ。コンプレックスで埋まってしまっていた心が掘り出されていくのを感じる。君だってそうだろう?」
嗅いだことのない刺激臭が鼻をつく。後ろの店員さんと
「な、なんのことでしょう」
声が震えている。何が起きているのか分からないままだけれど、自分の身に死が迫っているのを本能が察知しているからなのか。感情があちこちに飛び回っているのが自分でも分かる。
「なにって君も同じなんだろう?同じ力を手にしたはずだ。言わば同志だ。仲良くしようじゃないか」
相変わらず話しかけてくる男性が何を言っているのかまったく分からない。
手を差し出してきて握手でもしようというのだろうか。しかし、その手は今さっきビームを出した手で。その手からは煙が出ているし、熱くなっているのは明らかだ。それを握ることなんてできるはずも何だけれど、その手はどんどんと近づいてくる。
逃げてもいいのか。逃げたらさっきのビームで焼き殺されるのではないのか。恐怖で思考がまとまらない。
「こっち。走って」
想像していたものとは違って暖かみのある小さい手に引っ張られてその方向へ迷うこと無く走り始めた。
「隆司くん?」
名前を呼んだのは本人かどうか半信半疑だったから。後ろを振り向くことは出来ないけれど、男性は何かを叫んでいる。待てと言っているのかもしれないが止まれるはずはない。半壊した本屋さんに隙間から入ると、店員さんの顔だけが浮かんでいて一瞬だけギョッとする。
「さっ。こっちだ」
地下から顔だけのぞかせていただけらしく、促された先には地下への階段が伸びていた。
「これで。よしと」
あたりにあった木材で蓋をする。真っ暗になって階段を踏み外しそうになったところで隆司くんに引っ張られた。
「ごめんごめん。明かりつけるよ」
スイッチを押したわけでも無いのに辺が照明で照らされる。
ずいぶんと地下まで伸びているように見える長い階段だ。
「さ。行こう。ゆっくりしているとここも気づかれる」
促されるままに下へと向かっていく。
「あの。これって何が起きてるんです?あの男の手から出たのは一体?」
「物語の力って言ったら信じる?」
隆司くんは器用に階段を飛び跳ねるように降りながらいたずらっぽく言った。
「どう言うこと?」
「そのまんまさ。あれはサイボーグが活躍するSFロマン小説に出てくる力そのもの。それを現実に定着させてる。他にも空を飛ぶことだって、深海まで潜ることも宇宙に行くこともできる」
何を言っているのかまったく分からない。そんなことが起きるのであればこの世界はどうなってしまうというのか。
「でも物語は物語だ。物語に設定されていないことはできない。宇宙に行けるとは言ったけれどそれは物語に用意された宇宙。本当の宇宙じゃない。世界は世界のまま物語の一部が漏れ出しているだけ」
「いや、分からないよ。何を言っているんだ」
おかしくなってしまいそうだ。
「物語がどうして定着してしまうのかはよくわかっていないのだけれど。たくさんの人が認識するっていうのが一番みたい。でもそれには熱が無いといけない。都市伝説みたいなのが一番わかり易いんじゃないかな。口裂け女とか。物語は物語なのだけど、それが一定以上の力を持つと現実に溢れ出すんだ」
これは隆司くんではない。店員さんが真面目な顔をして荒唐無稽なことを喋っている。
「オタク。マニア。腐女子。いろいろな形はあれど物語を創造する人は増えている。それが何をもたらしたのかなんて誰にも分からないだろう?その想像力がエネルギーになって具現化しててもおかしくないんだ」
これは空想の話をしているのだ。そうであって欲しい。先程の説明できない状況の補完として理解できるものではない。
「まあ、ゆっくりと受け入れていけばいいと思うよ。しばらくゆっくりすることになりそうだし」
店員さんが足を止めたのは階段が終わって少し広めの部屋にたどり着いたからだ。生活感のあるあその部屋は秘密基地みたいでちょっとだけわくわくした。
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