大家族・ビーム・卒業旅行
「いらっしゃいませ」
店内に入ると乾燥した紙の匂いが漂っているのがよくわかる。無駄な芳香剤や、整髪料の匂いもなく純粋に鼻をつくそれは意外なほどに心地良かったりする。卒業旅行で行った古い都を彷彿とさせるその感覚は心を落ち着かせていく。
声を掛けてくれた人をしげしげと見てしまう。こんな本屋さんにいる店員さんが気になったものあるし、昨日見かけた黒服のスーツの人がこの本屋さんをじっと見ていたのが気になるのだ。
30代から40代に見える男性。背は高くすらっと伸びた手足は運動をしたことがないだろうと思えるほど華奢に見えた。だからと言って、筋肉が垂れているわけでもなく引き締まって見える。まるで小説に出てくるような登場人物みたいな人。
それが紺色のジャケットを着て、すらっとしたパンツを着こなしているのだから見惚れてしまったとしても、誰も文句は言いまい。というか、これだけカッコよければ小さい世界の田舎だ。噂になっていてもおかしくないのだが、これといってそんな話は聞いたことなかった。
「君は何が悩みなの?」
急に足元から声がして、驚いて後ずさる。そおには小さな子どもがこちらを見上げていた。5才くらいに見えるが、随分としっかりとした印象を受ける。
「こら
静かに怒るというよりなだめる男性に隆司と呼ばれた子どもはぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。でも、悩みがあったからここに来たんでしょ?」
ここは本屋のはずだ。悩み相談でもしているのだろうか。でも、わかるような気がする。なんでも解決してくれそうな雰囲気が男性からは出ていた。
「悩みなんてないよ。ちょっと気になったから立ち寄っただけ。お店の中を見せてもらってもいいかな?」
「ええ。どうぞどうぞ。ごゆっくり」
隆司はつまらなそうに男性の元へ駆け寄って何か話をしている。その微笑ましい光景を横目に店内をぐるりと見渡す。
天井まで伸びた本棚が壁に敷き詰められていてその中には、ハードカバーから文庫、絵本いろいろな種類の本が並んでいる。
最近はやりの漫画もあれば古典と呼ばれるような文芸作品もある。小さな本屋さんにしては中々の充実ぶりだ。
でも、違和感がある。
「ここは物語を売る場所だからね。ほとんど学術書とか、技術書なんかは置いてないんだ」
男性がこちらの心を読んだかのように話しかけてきて内心びくびくしながらも笑顔でそうなんですね、と返した。
「お客さんの家族は賑やかそうですね。なんだかとっても温かみを感じる」
続けざまに話しかけてくる。それはいいのだが、内容にドキッとする。確かに大家族と呼ばれるような構成だからだ。何からそう感じ取ったというのだ。だんだんと不信感も生まれてきた。大体、昨日のスーツの男性も様子がおかしかったし、もしかしたらこの本屋さんがおかしいのではと不安にもなる。
「どうかされましたか?」
男性がこちらの様子に気が付いたのか、近寄ってく来た。自分でもおかしいと思うのだがそこから離れなくてはならないと言う予感がして、ありがとうございました。と叫びながら外へ出た。しかし、それはすぐに後悔へと変わる。
「おや。君は昨日の人じゃないか」
そこには昨日とまったく同じ格好をしたスーツの男性が立っていたから。その表情は恍惚としており、なんだか不気味に見える。
「ねえ。君もビーム出せる様になった?」
そう言って右手のひらをこちらにかざしてくる。その手のひらは映画でしか見たことのない機械仕掛けで、その真ん中には丸い穴が開いていた。
その穴が光り始めたと思った時、よくわからないものの死を身近に感じたのだ。
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