第2話 文化祭 ※新聞部視点
「困ったことになった…」
文化祭のくじ引きで、しっかりと舞台出演権、しかも大トリを獲得してしまった。
部員ひとりだし舞台なんか出たくない。けど。
新聞部として何かしないと、来年廃部になってしまう。とぼとぼと校内を歩く僕の目に飛び込んできたのは。
有名な三人の先輩たち。
生徒会や風紀のようにめちゃくちゃイケメンってわけではないけど、とにかく雰囲気がある。空気が違う。校内でも大なり小なり憧れを抱いてる学生は多いけど、近づきがたい。
…。だけど。そうは言ってられない。
もし先輩たちが新聞部の枠で舞台に出てくれたら。新聞部は廃部を免れ、それどころか入部希望者が殺到するかもしれない。
三人を近くで見ると、すごい迫力。
文集が出せるほど風紀へ反省文を提出したという甲斐谷先輩。
餌付けしたいと希望する人がたくさんいる槙坂先輩。
そして、立ち姿がイケメンの江里先輩。
ヤケクソで先輩たちに文化祭の舞台に出てほしいとお願いする。一か月学食おごるという条件は安すぎるって叱られるかと思ったが、意外にも先輩たちは引き受けてくれた。二ヶ月に延長はされたけど、安いものだ。実家が裕福であることにものすごく感謝をした。お父さん、お母さん、お小遣いたくさんくれてありがとう。
奇跡だ。あの三人の先輩たちが僕に協力してくれるという奇跡が起こるとは。
次の日、先輩が僕の教室まで来た時は死ぬかと思った。
地味で目立たない僕が江里先輩に呼び出されたのだから。クラスメイトもナニゴトだとザワザワ。
「先輩たちが新聞部にちょっと協力してくれることになって」
クラスメイトたちにはそう説明。文化祭の舞台のことは言わず、ごにょごにょと誤魔化した。文化祭の当日に予備知識なしで先輩たちの舞台を見たら、みんな本っ当に驚くと思うんだ。
そうだ。きっとそうだ。最低限の関係者だけにしか言わないでおこう。
僕が先生にお願いして何とか用意できたのは、旧校舎のダンス部旧部室。全校生徒へのサプライズのためには、この誰も来ない場所はうってつけ。旧部室だから埃っぽくて、掃除から始めなきゃいけなかった。
先輩たちに文句言われたら「当日サプライズのため人通りの少ないとこで…」と言い訳しようと心づもり。
だけど、先輩たちは文句言わずに「いい場所だな」と僕を褒めてくれた。
文化祭当日まで連日、先輩たちはここで練習に励んだ。毎日押しかけるような図々しい行為は我慢した。時々差し入れを持って行き、ついでにといった空気を醸してで練習を見学させてもらった。
バレエを習っていたという江里先輩がアイドルの動画を見て振り付けを分析して、ふたりに指導。
意外だった、と言っては失礼だけど、先輩たちはものすごく熱心だった。
「エリ、ここの振り付けなんだけど、なんかしっくりしない」
休憩中も、甲斐谷先輩は江里先輩にアドバイスを求めた。
「それはさ、腕を伸ばしすぎなんだよ。もう少し肘を曲げてもいい」
「はー。なるほど。じゃあさ、間奏のときのここは?」
甲斐谷先輩は風紀に目をつけられてるので、雑で大雑把なのかと思いきや。
研究熱心で、細かかった。
槙坂先輩はいつもお腹空かせていてとろんとした雰囲気だけど、踊るとすごかった。
ものすごい機敏な動き。ええ?こんな動きできるの??って。さらに言うと、槙坂先輩の食欲を考えて差し入れは五人前くらい持ってきてたけど、槙坂先輩は決して独り占めしたりしなかった。一人前食べたあとはじっとしてる。
「マキ、もっと食えよ」
江里先輩か甲斐谷先輩がそう勧めるまでは残りに手を付けない。あるもの全部食べつくすような人だと勝手に誤解してた。
先輩たち、話で聞くのと実際に話すのとでは違う。
近づきがたい憧れから、身近な憧れへと変わった。憧れの存在であることは変わらなかった。
「で、どういうことだろうか」
僕は呼び出された。
文化祭の閉会式のあとで、『休み明けの午前7時、生徒会室へ来るように』と。文化祭終了後は興奮してて、生徒会も風紀も怖くなんかないって勢いだったけども。
僕はしょせん、小市民。いざ生徒会長を目の前にすると、まるで怯えた子猫。子猫のようにカワイクないけど。
「えと、その。江里先輩たちにダメもとで頼んでみたら、引き受けてくださったんです。それだけなんです」
生徒会長が僕を睨む。怖い。
これは嫉妬だ。僕に嫉妬の目を向けている。生徒会長が江里先輩に片思いに近い憧れを抱いているのは有名な話だ。
「本当に、ただ頼んだだけか?」
「本当です」
「なにか報酬を渡したんじゃないか?」
どき。やっぱり報酬はまずかったかもしれない。二か月学食おごるって約束は、やっぱり金銭が絡むことだから。適当に誤魔化しても追及されてボロ出しそうだし、嘘吐いても調べ上げられそう。そしたら先輩たちに迷惑をかける。甲斐谷先輩が風紀だけでなく生徒会にも反省文を提出しなきゃいけない事態は避けたい。
それに、僕は自分に正直でありたい。先輩たちかっこよかったから。先輩たちは僕のお願いを聞いてくれただけ。処罰されるのはきっと僕ひとり。よし、言うぞ。
「それは…」
僕が報酬のことを言おうとしたそのとき、生徒会室のドアがバン!と開いた。
「会長、大変だ!」
「何事だ?」
入ってきたのは生徒会役員のひとり。
「放送部が撮影していた映像が、風紀に押さえられたそうだ」
「なんだって?」
会長は僕の回答よりも映像のほうが大事だったようで、席を立って駆け出した。
ぽつねんとひとり取り残された生徒会室。さっきまでは怖かったけど、好奇心がむくむく。生徒会と風紀がケンカしてるのかな。新聞部として取材しないと。決してデバガメではない。
早朝の学校なので静かなはずだが、委員会室が並ぶ廊下の先からは大声が聞こえてくる。あそこが風紀の本拠地。今までの僕なら近づくのも恐ろしい場所だったけど。
気配を殺してそろそろと室内を覗く。生徒会メンバーと風紀メンバー、それに各クラブの部長たちがいた。すごい豪華メンバー。普段ならそう言えるけど、今は豪華メンバーが睨み合ってるので怖い。
「だから映像は放送部の物ですから!」
「却下する」
「冗談を言うな。風紀が押さえる理由はないだろう?」
「文化祭の映像を、どこかが独占するものではない!」
喧々諤々。
先輩たちの舞台はすごく素敵だったし、みんな大喜びだった。先輩たちに憧れてるのは、みんな同じ。だけど、ここの部屋でケンカしてる人たちは憧れが強すぎるみたいだ。
好奇心が満たされたあとは、冷や汗だらだら。そっとその場を離れる。先輩たちに教えないと。危険が危ない。憧れを暴走させた生徒会や風紀や部長連合が何をしでかすか分からない。
ということで先輩たちを探しに走ったら、下駄箱で先輩たちを発見。生徒会やら風紀やらが先輩たちのことで大変なことになってると教えるものの、どこ吹く風。あまり気にしてないようだった。
ううーん。放っておいていいものか。
先輩たちが気にしてないなら、僕が心配するのは余計なことかも。
いや、でも。
そんなことを授業が始まっても悩んでた。が、それよりも。先輩たちに約束の物を渡さねばと思い出した。学食おごると言ったけど、毎日一緒に食堂に行くわけにはいかないので。
僕が準備したのは学食三ヶ月パス。舞台に感動した勢いで、有効期間三ヶ月のパスを三枚買ってしまった。お父さんお母さん、一生懸命働いてくれてありがとう。大人になったら親孝行します。
さっそく今日のお昼から使ってもらいたいので、休み時間に僕はこわごわと三年の教室が並ぶ廊下へやってきた。先輩たち、そのへんウロウロしてないかな。
教室行って呼び出したりしたら、すぐさま生徒会長の耳に入るだろう。映像問題で僕のことは忘れてくれたみたいだけど、また呼び出されたらたまったもんじゃない。
と、その時。ブツブツ独り言呟いてる僕の肩をポンと叩く人物。
振り返ると、そこには江里先輩。神様は僕の味方をしてる!呼び出さなくても会えた!
「おう、新聞部。何か用か」
僕は封筒を取り出し、ささっと先輩に差し出す。
「これ、どうぞ。朝、渡すの忘れてました」
「なんだ、ラブレターか?」
先輩はにやっと笑いながら封筒を受け取る。僕は全力で否定。
「ちちちち、違います!」
ここは休み時間の三年の廊下。人の目も耳も多い場所には変わりなかった。ラブレター渡しただなんて噂を立てられたら、呼び出しだけじゃ済まないのでは。命に係わる問題だ。
「分かってるって」
僕の焦りはヨソに、先輩は笑って封筒を開ける。そしたら、顔が曇ってしまった。
「いいのか、これ。三ヶ月分じゃないか。それを三人分だから、高かっただろ」
「平気です。僕、お小遣い結構もらってるほうなんで」
先輩は難しい顔をしたけど、封筒をポケットに入れた。
「じゃあ遠慮はしない」
受け取ってもらえてホッとした。
文化祭ではお世話になって、こうやってお話できて。これで先輩たちと僕の関係は終わってしまう。生徒会に睨まれるのは怖いけど、先輩たちを縁が切れてしまうのは残念だ。
少し、いや、かなりしょぼんとした気持ちになってると、江里先輩から驚きの提案。
「そうだ、連絡先教えろ。三ヶ月分のお礼に、なんかこっちも礼をする」
「ととと、とんでもないです!ありがとうございます!」
形ばかりは遠慮したけど、先輩と連絡先交換なんて嬉しすぎる。江里先輩の連絡先、超絶レア。
ドキドキしながら連絡先を交換し、「そんじゃまた連絡するわ」なんて軽い調子で去っていく先輩の背中を眺める。
やっぱかっこいいなあ。
先輩たち三人ともカッコいいけど、僕の推しは江里先輩だ。三人のまとめ役で、頼りがいがある。
スキップするような足取りで教室に戻る僕。このあとまた、生徒会室に呼び出されるのであった。
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