三人組

のず

第1話 文化祭

「ああ?俺たち三人が文化祭で出し物?それ、誰得?」


校内で浮きたくっている俺たちに話しかけてきた新聞部。暇だし何の用だと部室についていったら、俺たちに文化祭で何かやってほしいという。

なんでも、部単位で舞台の持ち時間があるものの、新聞部は目の前の新聞部一人だけとのこと。


「それはあの。本当にこんなこと頼むのは図々しいと分かってるんですけど。僕がひとりで何かするより、先輩たち三人に頼むほうが良い結果になると思うんです」


「なるか。そんなもん」


カイがめんどくさそうに吐き捨てる。確かに、良い結果にはならないだろう。俺たちが文化祭で何かして、誰が見るってんだ。学校でほぼ全校生徒から避けられてる俺たちだぞ。


「引き受けてくれたら、一か月学食おごります」


新聞部は平身低頭でそんな申し出。それはなかなか魅力的な申し出だった。朝飯晩飯は寮費に含まれているが、昼飯は自費だ。昼代が浮けば、他のことに金が使える。三人でボソボソ相談。


「どうする?」

「二か月ならいいんじゃね?」

「おなかすいた」


ふむ。結論は出た。俺は代表して新聞部に向き直る。


「二か月だ。それに、マキはひとりで三人前は食うぞ。それでもいいなら引き受けよう」


新聞部はホッとした表情で何度もうなずいた。


「ありがとうございます!任せてください!」


感謝されるとは気分がいいものだ。まだ何もしていないが。


「で、オレたち何をするの?」


「三人でできることなら何でもいいです。お任せします」


新聞部は何かアイデアを出すこともなく、俺たちに丸投げしてきた。カイが「ノープランかよ」と新聞部の頭を軽く叩いたのは見てないフリして、何をするか考えるべく部室を出た。


場所を変えて、俺の寮室。ごろごろ寝転がるカイと、おにぎりを食べるマキ。


「さて、俺たちで何をしようか。三人だから、コントでもするか?」


という俺の提案に異議を唱えるカイ。


「ネタはどうするよ。人気芸人のネタをそのままやってもしらけるだけだろ」


うーん。確かに。俺が早くも天を仰ぐと、カイが片肘つきながら欠伸しつつ質問。


「エリの特技は?なんか珍しいことできないの?」


特技と聞かれ、答えられるのはひとつだけ。


「こう見えて俺は中3までバレエを習ってた」


プロになれるわけでもないし、この学校に入学するから辞めたけど。幼稚園児のころから中3まで、厳しい練習を続けてきたのだ。


「似合わねえな」


「エリ、バレエっておいしい?」


おにぎり食べ終わったマキを一旦無視し、カイは体を起こした。


「でも踊るってはのはいいかもな。ダンスは授業でしかやったことないけど、オレもマキも運動神経はいいほうだし。おっ、いけそうな気がしてきた」


カイが考えをまとめ始めたので、俺もそれに合わせる。他にアイデアがあるでもない。踊るならまだできる。でも踊るだけはつまらないな。


「じゃあ、歌って踊るか。アイドルみたいに」


「学校で浮きたくってるオレらが歌って踊ったらますます浮きそうだな」


アハハと楽しそうに自嘲するカイと、首を横に振るマキ。


「おれ、体脂肪率低いからそんなに浮かない」


「マキ、冷蔵庫にシュークリームあるぞ」


カイが冷蔵庫を指差すと、マキはいそいそと冷蔵庫を開ける。俺の部屋の俺の冷蔵庫の俺のシュークリームなんだが。そんな俺の心の声は無視され、カイはウンウン頷いた。


「よし、いっちょアイドルみたいに踊ろうか。三人組のアイドルっていたっけ。それを完コピ。目指せ完コピ」


それからネットで検索。

文化祭の舞台でできそうなパフォーマンス。カイが「これだ」と膝を叩いて見せてきたのは、80年代に流行った三人組の男性アイドル。


「古くない?」


俺は疑問を呈するが、カイはすでにふんふん鼻歌歌う。


「逆にいいんじゃない?今の流行りよりこっちのが逆に新しいよ。なあ、マキ」


「そうだね。おなかすいた。そろそろ晩飯食べに食堂行こう」



翌日。俺は新聞部を呼び出した。


「おい、新聞部。ちょっと来い」


新聞部のクラスでは俺が現れてざわつき、視線を合わせないように下を向く。後輩にもこのような反応をされる悲しき俺たち。改めて考えると、新聞部もよっぽど困ってたんだな。

おそるおそるやってきた新聞部に、俺は小声で頼む。


「練習場所を用意できるか?」


「舞台、何をするんですか?」


「歌って踊るんだ」


「な、なるほど。任せてください。僕も清水の舞台から飛び降りる覚悟でお手伝いします」


どんな覚悟かはよく分からないが、依頼した翌日には新聞部は練習場所を用意してくれた。

旧校舎の今は使われていないダンス部の旧練習場。数年前に新校舎が完成してからはあまり使われていないから、俺らのような無力な者が練習するのにぴったりだ。


バレエのおかげで振り付けを覚えるのは得意。


「カイ、そこでもっと足を上げて」

「マキ、腕もう少し下げて、右足は前」


俺が指示してもふたりは嫌そうな顔をせずに「こうか?」「こうだよね」と素直に従ってくれる。動画を見ながら少しずつ覚えて、録画してそれを見ながら修正して、三人で合わせて。


「すごい!」


差し入れを持ってきた新聞部が練習風景を見て興奮するので、俺たちもフフンと自尊心がくすぐられる。本番で完璧にやってやろうじゃないか。


そうしてこうして文化祭が始まった。

俺たちの出番はなんと、大トリ。学院長が閉会の挨拶をするひとつ前、それが俺たちの順番らしい。外部のお客さんが帰ったあとの、全校集会の空気感がある舞台。地獄かもしれない。


「外部のお客さんがいる時間帯ならちょっとは盛り上がるかもしれないのになあ」


ぶちぶち文句を言うカイの気持ち、俺もよく分かる。せめて、外部のお客さん、特に女の子が見てくれる時間帯の舞台ならよかったのに。


「カイ、もう諦めよう。残りの高校生活は新聞部に昼飯おごらせよう」


「エリもまあまあ酷いよな、なあマキ」


そんな会話をする三人での教室展示の受付には誰も寄り付かない。今は外部のお客さんもいる時間帯だけど、校舎の端っこの『校内で捕まえた昆虫展』に来たいと思うお客さんはいない。


「エリ、カイ、おなかすいた」


「指でもしゃぶってろ」


マキが素直に指をしゃぶり始めるので慌てて止めさせる。


「バカ。本当にしゃぶるヤツがあるか」


うだうだと受付しているところに、すっと立ち止まった人物。客が来た、と思ったが。コイツは客ではない。


「何か用か?」


一応聞いてみたが、返事はない。俺たちを見下ろすのは、特進クラスに所属している生徒会長。切れ長の目で睨みたいだけ睨んで、生徒会長は踵を返した。なんじゃあいつ。


「エリ、生徒会長に嫌われてるよな」


カイがニヤニヤと笑みを浮かべる。

全く心当たりはないのだが、一年の頃から生徒会長は俺のことを嫌っている。一年の初め、クラス代表にくじで選ばれた俺はクラス代表の集まりに行き、そこで隣の席になった生徒会長に挨拶した。それだけだ。それだけで嫌われた。


「俺、今日『お前が好きさ』の歌詞のとこ、絶対アイツ見てやる」


「なんつう嫌がらせ行為。でもいいな。オレもしようかな。この前、声がでかいって理由で反則切られた」


カイの嫌がらせの相手は生徒会長ではない。俺が生徒会長に嫌われているのと同じように、風紀委員長に嫌われている。カイは少しばかり風紀を乱す。全然不良ではないけど、消灯時間を過ぎてから寮をうろついたり、暑いからという理由で上半身裸で寮をうろついたり。それを見咎められて、反則点数がいっぱい。反省文を何度も書かされてる。


カイの風紀への文句をひしきり聞いたところで、交代の時間。受付をクラスメイトと交代し、俺たちは自由時間に突入。


「マキ、何食べたいんだ?」


「クレープ」


「そんなの腹にたまらないんじゃねーの?」


そんな話をして三人並んで歩いていると、ドン、とカイが誰かにぶつかった。その相手は、風紀委員長。あらら。俺はニヤニヤが止まらない。


「三人で広がらないでもらえるか?」


委員長はぶつかったところをぱっぱと手で払う。それを見てカイはフンと鼻を鳴らした。


「反則切るか?」


カイが挑発するが、委員長は挑発に乗らない。


「さっさと行け」


「すみませんでしたー」


カイは隠れるように俺の後ろへ。俺も隠れるようにマキの後ろへ。マキを先頭に三人で縦一列。えっさほいさと目指すはクレープ。


「あ」


先頭が急ブレーキ。なんだなんだ。隊列の真ん中からひょこっと覗くと、クレープ屋で売り子をしてるのがマキが苦手にしてるヤツだった。

モデル事務所にスカウトされたとかされてないとかの、弓道部部長。女の子のお客さんに愛想よくクレープを売っているが、俺たちの姿を見るなり顔を強張らせる。隊列変更。マキを一番後ろに下げ、一番前に俺。


「クレープください」


「…はい。どれにしましょう」


さっきまで女の子に見せてたのとは全く違う顔。こら、愛想笑いくらいしろ。こっちは客だぞ。


「マキ、何にするんだ?」


「バナナチョコとイチゴホイップとウインナー」


隊列の一番後ろから聞こえたオーダーを通す。


「以上でーす。売り切れとは言わせねーぞ」


クレープをくるくる巻く短い時間に、マキの代わりに弓道部部長を睨む。

コイツはマキが食べようとするものを横からかっさらう。残り一食のAランチ、残り一個の焼きそばパン。マキが楽しみにしてたものを奪う嫌なヤツだ。

さらに、マキの前でおいしそうなものを食べることも多々。どこかの高級チョコレート。見たことないドーナツ。サンドイッチにあるまじき厚みのローストビーフサンドイッチ。

くそう。お腹が空いてきた。

腹が立つのでクレープを受け取ったあとはさっさと退散。そこでカイが「あっ」と小さく声を上げた。


「オレらの分を注文するの忘れてた」


「一口あげるよ」


マキはよく食べるが、独り占めはしない。優しいのだ。


とかなんとかしてるうちに、時間はあっという間に過ぎた。俺たちの出番がもうすぐ。舞台袖でお互いの服を確認。といっても、衣裳ではなくいつもの制服。


「ついに本番ですね。頑張ってください」


俺たちよりも新聞部のほうが緊張してる様子だった。


「任せろ。リハーサルもしたことだし」


「おなかすいた」


「あとでおにぎりあげるから」


幕が上がる。

真っ暗な中、特徴的なイントロが流れる。大丈夫。練習通りにやりゃあいいんだ。残りの高校生活の昼飯がタダになるんだ。あ、それは俺たちが勝手に決めたことだったか。

ライトが当たって歌っていると、まるで本当にアイドルになった気分。練習よりリハより、テンションが上がってるのが分かった。予告通り生徒会メンバーが座ってる位置に向かって指を差すのを忘れずに実行したが、嫌がらせはどうでもよかった。


この時間が終わらないでくれ。

思い出す。バレエをやってた頃。発表会やコンクールでも、俺は本番が好きだった。それに、今回は三人だ。この三人で何かに熱心に取り組むのは初めてだった。


歌い終わり、幕が閉じたあと。拍手は一切聞こえない。講堂内はしーんと静まり返ってしまった。

息を切らしながら舞台袖にはける。


「ドン引き以下?」


「ま、いいよ。オレは楽しかった」


「おれも楽しかった」


カイもマキも俺と同じ気持ちのようだ。息を切らして笑っている。一生懸命やり切った気持ちで柄にもなく感動で泣きそうになっていると、もう泣いてるヤツがいた。新聞部だ。


「先輩たち、かっこよかったです。感動しましたああ」


「おう、新聞部。お前をファン一号にしてやろう」


「光栄です!」


二か月昼飯をおごらせるのが少しだけ申し訳なくなった。一か月にまけてやろうかな。


高揚した気分で閉会式をサボって寮に戻った。

その後、晩飯時の食堂で。


「すごかったよ!」

「いいもの見せてくれてありがとう!」


と、いつもは俺たちを避けている同級生から賛辞を受けまくった。

だったらなんで拍手してくれなかったんだよと少し思ったけど口には出さなかった。

俺もカイもマキも、賛辞は嬉しかったから。



そして。

休日挟んで登校すると、何やらすごいことに。


ぱかっと下駄箱を開けると、そこには何通もの手紙が。


「俺の下駄箱、手紙が入ってる」


カイとマキを見ると、ふたりも下駄箱を開けて固まっていた。


「オレも。手紙入ってる。マキは?」


「おまんじゅう入ってる」


「誰だ下駄箱にまんじゅう入れたバカは。腹壊すからそれは食うな」


マキからまんじゅうを取り上げるカイをよそに、俺は手紙を一通開封してみた。


『文化祭でのパフォーマンスに感動しました』

『また見たいです』

『三人の中で一番カッコよかったです』


ゾワゾワする。寮で褒められたときのように嬉しいというより、なんだか背中が痒い。


「なんだこのファンレターは。カイのは?」


「『大好きです』だって。おう。ここは男子校だよな」


カイは今までに見たことのない、しょっぱい顔をしていた。


さてこれは一体どういうことだろうか。文化祭が影響してるのは間違いないが、ファンレターだかラブレターだか分からないこの手紙。

三人で唸っていると、バタバタと新聞部が走ってきた。


「大変です!」


「どうした新聞部」


「先輩たちの舞台を撮影してた放送部が風紀に映像を抑えられて生徒会が怒って、部長連合も割り込んで朝からめちゃくちゃなんです!」


生徒会やら風紀委員やら。

俺たちの映像がそんなに気に入らないのか?


「それは知らんな」


「でも、映像あるなら見たいな。オレたちどんなんだったんだろう」


「おなかすいた」


寮での評価や手紙を見るに、俺たちのパフォーマンスは意外と好評だったってこと。

それはまあ、嬉しいことだ。

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