第6話

 朔月の騎士の職務は呪われた市民の解呪や、呪具、呪詛に冒された迷宮内外の区画の浄化、汚れた魔石の作成・売買、違法呪術師の摘発・討伐、呪いに冒された魔物の駆除などだ。ハーフマークにはバカンの他の土地と同じく多数の銭ゲバヤクザじみた勢力がひしめいているが、ここはグリモ・フォルディア両国との国境にも近く、一層ややこしいことになっている。現在の顔役は盗賊ギルドの頭目、水底の民ベンシックの〈ボグチャンター〉って女……こいつをはじめとした支配者気取りの奴らの頭を悩ませるのは呪詛を麻薬や武器として売り捌く新興盗賊ギルド〈膿み傷ピュートリッド・ウーンド〉、奴らの流す「商品」はいくつか見てきたが毎回泥酔して作ってんのかってくらいまあひどい、だけど数が多い。


 おれは〈後背湿地〉でエメリーと吸飲者を討伐してた、腐った新聞の山が場末の駅を思わせる臭い……困難な物語はいいときはいいけど悪いときはとことん悪い、中和剤が切れかかってきて――なんだかいつもそうじゃないか? 鎧をいつもよりずっしりとさせている。魔石は全部静脈の血の色だ。〈末期亭〉の献立は河亀のスープが連続している、例の迷宮災害のために豆が高騰してるそうで、具も少ない。ここの経営者は元迷宮守りで、なんだかっていう長年ほったらかしだった魔物を退治した恩賞でいくつかの迷宮の所有権を手にした。見るからにカタギではない者がいつだって店内の暗がりでカードをやってて、客は少なかった。


 帝国のミイラ取りのように死体を山積みにした荷車を引き、陰気な行列が目抜き通りを横切る……そいつらが手にかけたのではなく迷宮の産物だ、〈第十二番〉使用直後のように辺りは塩と砂にまみれている。土侯が〈烏〉に依頼して魔物を回収し、それを用いて恐るべき怪物を仕立て上げた。屍術師たちは大抵どこの国でも違法だが、それはつまり存在できないってわけでもないし必要とされているないってわけでもない。今回大立ち回りを演じたのはオレリア・ドローネ、あのヴェンドから出奔した元雷神の騎士だ……おれたちは第三庁舎の前にいたが、そこは封鎖されていた。立てこもり犯は一週間ばかりそこにいて、人質が取られているわけではないが、衛兵隊がストライキに入っているために誰も突入せずにいて、交渉も進んでいない。

 

 支給された新しい薬と糧食はどちらもひどい味だった。マンティコア討伐の前に、養殖場へ魔力を送り込んでいる貯蔵庫を停止させる必要がある。かつて勇者サラザールがやったように、洞窟の入り口で毒の煙を焚き中に流す……いぶされたゴブリンどもが殺到したらお待ちかね、ギリー・ドゥがすべて奴らをまな板の上の魚のように……それじゃああんたは自分が呪われているっていうのか? 見た所異常はなさそうだ……モンロー審問官が言うには、生物すべてに課せられた義務が存在すると……中和剤を手に入れた、ついでにどこぞの誰かが願掛けの為にほこらに置いて行った貯金箱もだ、この陶器でできた畜生を破壊しなくちゃいけないほど生活費に困っているってわけじゃない。古い呪いの言葉を連呼する魔女が隣の席に腰掛けた……フォルディア人はそれが良くても悪くても古いやり方にとかく執着する。山ブドウの酒が運ばれてきて、ルカが次回以降の作戦について述べた……護符タリスマンを構成している青ガラスが呪詛によってまさにおれの目の前で黒く染まっていく。確か〈避雷針〉だか呼ばれている女が前にオレリアとひと悶着起こして、そのためにヴェンド国教会は〈烏〉を介入させた……


 刺客の一人は銃をぶっ放した。おれは避けなかったし、今後も避けるつもりはない……剣の軌跡はおれが振るう前からそこに存在している。それに気づけば、実際に振るう必要はなくなる……それと相手が重なる前から、奴は切断されている。〈喊声〉が夕日から撃ち込まれる前に、素材を持って帰らなければ。


 翌日は夜明けの後にいきなり正午が接続された。干渉装置の異常で発熱と出血、暴徒の鎮圧には呪術が用いられた、いつものことだ。〈砂丘屋〉にて悪魔の爪を購入し、仲介人ギルドへ納める。


 エメリーはいくつかの物語を聞かせたがっている。街はどうも乾いた血の臭い、旧帝国にて部類の強さを誇って恐れられた呪術師の物語だ、初代スコルはとある集団の出だが、彼らと敵対し殲滅に至ったという。連続体が途切れる場所で……三日に一度は太陽が昇らない。包み紙を剥がすのではなく燃やす……中身は平気だと分かっているから。マンティコアは死んでいた。誰かがおれたちの前に、面倒極まりない処理をこなし、この場所に立ち入ったのだ。妨害工作であることは言うまでもないだろう。


 ディウォーカーが三人、おれを取り囲んだ。いくらこのおれが凄腕の剣士と言えど、同時に三名は相手にできないだろうって? ところがご安心あれ、そういった窮地に対処する技がとっくに用意されているから驚きだ、剣術ってのは至れり尽くせり……


「ああ、ようやく出会うことが出来たよ。本当に大変だった」


 と、赤い髪の少年が言った。何やら道化師のような恰好をしている。ふざけているのだろうか。人生は真面目に生きなければならないと決まっているというのに。


「人生の話なんてどうでもいいんだよ、僕は人間じゃないんで。ええと、ラッド君」


 なんとも気安い小僧だ。貴様の親にひとつ説教をしなければいけないようだ。おたくらはせがれをどのように育てているのかと、きっと甘やかしてばかりなのだろう。子供は鞭で打つに限る。顔面にミミズばれの一つでもこしらえてやれば……


「ずいぶん旧態依然の教育方針だね……まあとにかく君に一つ頼みがあるんだ。僕はローギル」


 しつけがいきとどいていないばかりかイカれているとは、救いがたい小僧だ。


「いや本当だよ、まあ信じてくれなくてもいいけど。ラッド君、君の混沌に満ちた精神を見込んでちょっと邪神の封印に協力してくんない? 具体的には、ええと、名前は言えないんだけど、まあ単に〈狂騒〉と呼んでおくか。そいつは僕が最初に創った眷属で、はっきり言うと失敗したので世界の最果てに流したんだ。死んだか消えたと思ってたけど元気に生きてて、ここでは言えないようなまずい状態に陥ったわけ。僕はそりゃもう混沌なので平気だけど、他の神々も下手すると〈狂騒〉を見たら発狂しちまうのさ。まして定命だともっと危ない……で、封じてたんだけど最近そいつが破りそうになってて、対処する必要が出てきて君に白羽の矢が立った。と言ってもそいつじゃなくてその手下の退治を君にはお願いしたかったんだ。もちろん君だけじゃなく他にも頼んでるけど、その人たちが同時に〈狂騒〉の手下を複数倒せばその大元も弱るので、その隙に僕は奴を封じるからさ。頼むよ。断ってもらっても別に構わないけど。もしやってくれたら、君が抱えている問題を全部解決してあげるよ」


 分かった、やろう。ただしおれは問題など抱えていないので何も報酬はいらない。

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